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予定を立てることについて

明日の予定も明後日の予定もなし。私のスケジュールは二ヶ月後までほぼ真っ白。
しかしながら、この予定のない日々を送るために半年以上も前から計画はしていたのだけれどね。

予定のない生活を一週間してみて、予定がなくてもやることは尽きない、ということを実感する。別に忙しくしなくても、毎日充実するんだなぁ、とも。

気がつけばずーっと予定に追われていたような気がする。
基本的に怠惰な性格なので、予定がないことで生活が堕落するのが恐ろしく、二十代の頃は毎日to do リストを作成して、モチベーションを上げる努力をしていたのだけれど、ここ数年はモチベーションどころか、must do リストに圧倒されることが習慣となってしまっていたように思う。

計画好きな訳ではないけれど、時間を厳守することはさほど苦ではないので、締め切りで溢れている世の中には一応対応していけているが、「今日何が起こるか予測できる」毎日というのは何と味気ないことなんだろうと朝起きる度に落胆する。

そして、私がアーティストとしてやっていることは、「ミーティング」か「アプリケーションの締め切りに追われること」ばかり。勿論、会話やライティングからクリエイティブなアイデアも生まれるから、全否定はしないけれど。

ストックホルムという街も、この計画的ライフスタイルを加速させている。
食べ物が常に木になっている南国とは違い、冬になる前に食べ物を保存しなくてはいけない北国の歴史と、都市の忙しい性質が組み合わさっているストックホルム。友人とお茶するのにも二週間前からスケジュールを立て、ディナーなら一ヶ月前、ホームパーティーなら二ヶ月前から計画といっても大袈裟じゃない。

もっと自由に思いつきで行動したいなぁ、と思う。
ふと友達の顔が浮かんで電話したり、近くにいるなら今から会おうよとなったり、ふらっと立ち寄ったカフェがとても素敵だったり、家に帰ったら誰かが遊びに来ていたり、気づいたら朝方まで話し込んでいたり。


でも実際、これらのことは自分が意識的にも無意識的にも避けていることだなぁと。
怖いのです。迷ったり、予期せぬことが起こるのが。
だから、ちゃんと時間を決めて友達に会って、いつもの静かでそこそこのカプチーノが飲めるカフェに入って、家に帰ったら誰にも邪魔されなくて、真夜中になる前に床についている。

規則正しくオーガナイズされた生活は、いい。安心できる。仕事の効率も上がるから、予定もどんどん入れられる。だから、様々なことを同時並行しながら生活できている。
オーガナイズすることで、苦手な言語の部分も少しはカバーできていると思っているし、何しろ人から信頼される。そう、だからこれは私の長所なのだ。この現代社会においては。だから、私はこういう生活をある程度続けなければいけない…。

完全に時間や計画から解き放たれた生活を送るのにはあまりに非現実的な社会に生きている。だから、結局は、「バランス」という結論に行き着くことになると思うんだけれど。

私だけではなく、周りも計画的ライフスタイルを送っているのが厄介なところで、私だけが予定を入れなくても一人の寂しい時間が増えるだけ(となると家で結局締め切りのある仕事しちゃうんだよね)、というのでは意味がない。

さてどうしたらいいのだろう。

パッと思いつくのは、大きい計画だけはして、ディティールには遊びを持たせるとかいう洒落た方法。
あとは、断られてもいいから、「これから今会わない?」と自発的に積極的に周りの人を誘ってみるとか。

まだこれだ!というアイデアは浮かばないけれど、予定のない二ヶ月の間で自分の凝り固まった脳みそをうまい具合にほぐしたい。

とりあえずこれを書き終わったらふらりと山に登ってみようかな。

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hirokotsuchimoto

https://hirokotsuchimoto.info/ ストックホルムでパフォーマンスアーティストとして活動。個人主義の世の中に違和感を抱きつつ、何もできないことに悶々としている日々。それでも一応表現することは続けています。
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