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鹿もしれない詩かも

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詩のようなものかも、令和2年7月23日。
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暖風

暖風

今年の二月が終わる
どこへ彷徨う三月
たくさんの良いことを
大好きな二月にあげようと
おもっていた けれど
少し重めの地震が来ただけの
いま冬鳥もまもなく帰る
庭には
気の早いチューリップが
3センチほど芽を出して
四月が残酷な月である前に

毎日踏みしめる霜柱に
暖かさを感じていた
やさしい二月をすぎて
三月の風は暖かく残酷に
傷口を開く
まるで無かったと言いながら
新しい芽にささやき
隠してい

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白夜

白夜

深夜、目覚めて外の音を聴く
かぜつよく
昨日は雪が積もり
レッスンを休んだ
雪道に自信がなくて
先生に謝った、あとは考えない
不完全に生きるのは
仕方なく、練習をする
あと五十年でこの世は終るから
いずれ恣意的な睡眠覚醒のリズムで
ヒトに言うほどのことでない
眠くなったら寝るだけの
真夜中に珈琲を淹れ
どこに寝ても寒くはない
斑入りのチューリップが満開で、
だが夢か

死者は死んではなかったのか

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冬鳥幻想

冬鳥幻想

気づいたとき庭はアトリの群れで一杯だった。落ち着き無く落ち葉をつつき、ほんのわずかな気配にも数十羽が一斉に飛び立つ。しかしすぐまた戻ってくる。前からの住人スズメとカワラヒワは隅に追いやられて。こんなに多くのアトリが、本当は何がしたいのか、何が欲しいのか。集団としての無意識か。集団的欲望に課せられる制約とかあるのか。だが彼らの粗雑な振舞からはよく分からなかった。

メジロは午前中早くにさっと現れた。

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冬の世界

冬の世界

明け方寒さが増す頃に
すり寄って来ない猫を探して 自分から
くっついて寝る そんなふうに
現れないメジロを待っていた三年間だった
ある朝 メジロが
地面に落ちた熟柿を啄んでいた 双眼鏡を構えると
仲間が一瞬よこぎり
どこかへきえていた
その日からふたたび
メジロを呼ぶ果物が 庭に撒かれ
林檎や蜜柑 甘い香りの蜂蜜の皿

娘たちは都会へ帰っていった
新しい価値の混沌とした映画と
自分は 仕事の重圧に

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クサヤ頌

クサヤ頌

帰宅すると頭を麻痺させることが先決で、換気扇は回しっぱなしだ。もちろんその前に、何とかバイオリンの練習を済ませる。朝にエチュードは一回やったので今は最初から曲の練習。

一夜干しのワカサギ。初めて見つけ、楽しみに買ってきて焼いたが、塩辛くてとても食べられなかった。ワカサギが知らぬ間にこんなにも塩っ辛いとは。ワカサギとは淡水魚だったのではないか。

ため息。今日も大勢の意見の違う人と会った。地球と火

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ホウレン草異譚 ―記憶という不在―

ホウレン草異譚 ―記憶という不在―

いただいたホウレン草は
ちぢれてて
お浸しで食べると とても甘く果たして
ポパイのホウレン草は
どうだったのか
缶詰でも途端に
上腕二頭筋が盛り上るのだから
水っぽくはないだろう
それよりもあれほど食べて
父のように
腎結石にならなかった不思議に
うちのオリーブ
来年は結実するのだろうか

留置所でなお虚勢をはる姿は
それでも学生時代の面影があり
一目で彼だと分かった
彼は僕だとは気付かなかったの

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Double helix

Double helix

「いや、実際見てなかったんです。でも
どうして見なかったんだろう。」
警察官は何度も尋ねてきた
なぜ右を見なかったのか
何事にも理由があるのだし
彼は何か分りやすい
答えが欲しかった、曰く
口論してた、
急いでた、
落とした携帯を
取ろうとした、とか。
僕は、
____少しずつ思い出した
___いま左側に過ぎた
__池に咲いていた
_蓮の
網膜に残った
花を見ていた

生の音楽は久しぶりだった

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病木 わくらぎ

病木 わくらぎ

いつもなら、虫の声が無いのを聴けていたはず。しかし今年は、気付けばもう冷たい空気が鼻の奥まで入ってくる。山の色は既にモノトーンだった。

12年育てていた栃ノ木ね、今年は夏に突然葉が枯れたでしょう?

よく見れば枝はかさかさ、もうすっかり枯れていた。毎日変わらず庭にすっくと立っていたのに、こんなに既に蝕まれ、もう死んでしまっていたなんて。

それは誰も彼もがそうでしょう?

「MRIで総腸骨動脈

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霧野

霧野

霧ふかき野は野でしろい霜がふり氷点下の朝冷えていく土地

返歌

学長は声が大きい好好爺
物理学教授は外耳道から毛がはみ出した皮肉屋
社会学教授はショートカットの鋭い女史
もうみんなこの世を去って
いまは誰も彼も不在な秋がきた
おれを見下した人びとも
今は地面の下だ
濃い霧があふれる朝
川原には真っ白な霜が降り
午後になったら薄が靡く 夕焼けに
その気になったら訪ねていこう
透明な歌声を

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収穫

収穫

待っている
機械が直って来るのを
そして呼び出しがあって出掛けていくのを
表面のカタバミをちぎっただけでは
駄目じゃないか
鍬のようなもので土を掘り起こし
細い針金のような根を
集めて捨てなくては
待っている
秋が深まるのを
そうしていつか虫の音が
まったく聴こえなくなって
冬がはじまり
暦が巡りまた一から始めて
娘たちが帰ってくるのを

土をたがやし
湿った土の上を恐ろしい
スピードで這ってくる

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敗北

敗北

庭の草木に西陽が
晩夏!
眼鏡なしでは色彩が
にじみ
向日葵と百日紅が
鮮やかさを競って
緑に映える

夕暮れ
青空は力を削がれ
終わりを待つ、風は
涼しさをはこび、黄昏が
じんわりと飲み込んでゆく
夕焼けは、うっすらと
無垢なのだ、無垢なのだと
だが、熱狂が

翳りゆく、美しい夏に
耐えきれず
この熱量に負けてしまった
朦朧として
朦朧として

再生不能

再生不能

弓を折ってしまった
バイオリンの弓
弓先の近くで
棹は折れ、断端は
ざくざくとして割り箸を
折ったように、弓毛は
だらんとして折れたヘッドを
付けたまま

弓のいちばん壊しやすいところです
先生がレッスン初日に
教えてくれた

どうして折れたのだろう
振り回したの? 物を叩いたの?
折れた弓の毛箱を
自分の手が握っている
だから、折れたのは今だ
いや、自分が折ったのだ
この手が握っている
だから今

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アサギマダラ

アサギマダラ

死者たちが帰って来たのがわかった
外へでると風はわずかに冷気をふくみ
向かいの山で鴉が鳴き交わす声
迎え火も焚かなかったのに
空は青みを帯びた灰色の雲
雨が降り出だすかもしれない

死者たちの好みはしらない
吐息のようなかすかな音に
勝手にレトルトのカレーを温めてだす
静かに皿の食べ物が減っていき
腹が満ちたところで
山へアサギマダラを見に行くことにした
麓はそれなりに天気だったが
ロープウェイ入

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期待

期待

ある日夕暮れはコバルト色だった
ピンクの雲が紗のように映え
夜になったら良いことが起こりそうな気がした
だが美しい絹雲は
日没を待たずに闇に沈み
新しい予兆は隠された
朗報を待ちきれずに
始まった祝宴に
ぶどう酒は底をつき
札を握らせて追加の酒を買いに行かせた
男が帰って来たのは
日付が変わろうとする頃
宴会はとうに終わり
灯りも消されて
集まっていた顔は消えていた
男はひとり
テーブルの上や床を

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