アギラ(後)

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また、別の景色が現れた。男が、薄暗く湿った廊下を明かりも持たずに歩いていく。窓はなく、地下のようだ。廊下の両脇にはいくつもの独房が連なっていた。狭苦しい独房は、空のものが半分、もう半分には、ルドラと思われる異形の人々が収容されている。実際に目にしたハイクの祖先達は、誰もが人型の魔獣と大差ない容姿だった。皆床に横たわったり、壁にもたれてこちらを睨んだり、おかしな唸り声を上げたりしていて、姿形に差はあれど、地下牢に居る誰もが、繰り返された戦いで疲弊しきっているのが分かる。
男は無言で廊下を進んでいった。そして数分後に到着した突き当たりの房には、これまでの房と同様に、一人のルドラが収められていた。今までと異なったのは、その若いルドラが、房の中央にあぐらをかき、まるで男の来訪を予期していたかのように、男の到着に合わせてゆっくりと顔を上げたことだった。彼は、背中から突き出した骨ばった翼と、乱れた金髪、蛇のような鋭い瞳孔を持っていた。ハイクはセイファスの話を思い出した。きっとこのルドラは、自力で人としての知性を保っている個体に違いない。男は鉄格子のすぐそばまで歩み寄り、金髪のルドラに話しかけた。
「次は、その体に入れられたのか」
「ああ。飛べる体ってのは便利だな。気に入ったよ」
金髪のルドラはそう言って、右の羽を少しだけ動かしてみせた。幽閉され、布同然の衣服を身体に巻き付けていてもなお、背筋をぴんと伸ばしたそのルドラの姿は、誇り高く、尊厳すら感じさせた。まるで内側から溢れ出す強い生気が、その体を薄く覆い、輝いているようだ。男の方もまた、銃口のように鋭いルドラの視線に平然と身じろぎもしない。この二人はおそらくすでに何度も言葉を交わしたことがあるのだろう。そう感じさせるには十分な、親しい空気が流れていた。
「ここも、あんたとゆりかごのお陰で大分ましになった。地続きで走り通さなきゃいけなかった地獄に、休憩地点が出来たんだからな。だが楽になった反面、出てきた時の苦しさもひとしおだ。あんたも大概残酷なことをしてくれるよな」
「そんなつもりじゃ」
「冗談だよ。だから、今後に期待させてもらう。幸い我らルドラは事実上の不老不死だしな。もっとも、帝国が続いているあいだだけの話だが」
「ああ」
男は頷いた。ほんの一瞬、沈黙が流れた。
「この国はもうじき負ける」
男は短く告げた。「分かっていたことだ」と、ルドラは深い声で返した。
「むしろ戦況についてなら、俺達の方が詳しいくらいだ。 “材料”を調達してくるのだって、もうかなりの苦労になっているんだろう」
金髪のルドラの声は、声というよりは、風そのものが意識を持って話をしているかのような、風変わりな音だ。その声に聞き覚えがあることをハイクは唐突に思い出し、衝撃で身動きが取れなくなった。
『我らは約束を違えた』
夢で何度も聞いたのは、紛れもなくこのルドラの声だったのだ。
笛の音にも似た流麗な声の割に、ルドラの口調は荒々しく、言葉のあちこちからあからさまな皮肉が滲んでいた。
「それで、今夜は何の用だ? 国の将来について語り合いたくなった訳じゃないよな。あんたは他の連中とは違うが、それでも帝国の人間だ。国の命令には服従するしかないし、俺達を死地に送りもする。次はどんな作戦だ? 腹に弾薬をたっぷりと巻いて、敵ごと吹き飛べばいいのか?」
「いいや、違う。今日は誰の命令も受けていない」
男がきっぱりと言い切ると、ルドラは少し感心したように「ほう」と呟き、わずかに体を前のめりにした。
「なら、何故」
「……近いうちに、この国は負ける。もう、いつこの谷が攻め落とされてもおかしくない。アウシャの民が帝国との協定を破棄し、敵国側に寝返った」
「そりゃ、どう見たって自業自得だな。国際条約を無視したんだから。それに俺が見た限り、あの青目の騎士どもは戦場でもかなり紳士的だったぜ」
「その通りだ。だが、ひとたび敗戦国となれば、仮に生き残れたとしても、帝国の民は奴隷として扱われ、殺されていくだろう」
「おや、そいつは大変だな。急いで替えの身体を準備しなくちゃ」
ルドラの縦に裂かれた瞳孔が意地悪く細められた。「冗談を言っている場合じゃない」と、男はどこか怒ったように、ルドラに近寄った。
「わたし達だけではない。君達も、まず間違いなく殺されてしまうだろう。だが……だからこそ、せめて君達には、この選択肢が用意されるべきだ」
男はそう言って、白衣の懐から重そうな鍵の束を取り出した。じゃらりと音を立てるそれを認め、ルドラは信じられない物を見る目で鍵束を凝視した。
「本物か?」
「もちろん」
男は束のうちの一本を、目の前の格子扉の鍵穴に差し込んだ。かしゃんと軽やかな音が響き渡り、男によって、扉は大きく開け放たれた。男が房の中へ鍵束を投げ入れると、ルドラのしなやかな腕が、寸分の狂いもない動作で鍵束を掴む。
「ここにいるルドラ達だけではなく、ゆりかごを壊して、中の魂達も解放する。今、全員分の最後の身体を用意している所だ。明日には完成するだろう。ゆりかごに居る皆を無事に逃がし終えたら、敵の手に渡る前に、この研究所は破壊してしまうつもりだ。本当は、もっとゆっくりと機関を解体し、研究を廃棄し、事を終わらせるつもりだったが……どうやら、そこまでの時間は無い」
「このことがばれたら、あんたはどうなる?」
「構わないでくれ」
「覚悟の上ってわけか。俺達は迷わないぞ」
「君達を真の意味で自由にしてやれるのなら、願ってもないことだ」
「ふん。生みの親が、良く言う」
「親だからこそだ」
ルドラはさも愉快そうに肩を震わせた。ルドラの選択は早かった。彼はあぐらを解くと、ゆっくりとその場に立ち上がった。男は開いた扉から後ろに下がり、廊下の先を示した。
「階段の左脇の、非常用の通路を開けておいた。さあ、早く行きなさい」
ルドラは最後に一度だけ男を見ると、しっかりと鍵束を掴み、牢屋を後にした。両者とも、互いを振り返ろうとはしなかった。しかし最後の去り際に、ルドラはふと立ち止まり、冗談めかした声で、背後に佇んでいる男の背へと声を張った。
「ルドラの名前はここに捨てていく。だが、あんたが皆に手ずからやってくれたこいつは、まあ、悪くない」
ルドラはおもむろに、伸び放題の自分の髪をつまんだ。他の特徴にばかり目が行って気付かなかったが、ルドラの金髪は、一部だけが真っ白に染め上げられていた。
「見た目が変わっても誰が誰だかすぐに分かるようにとあんたは言っていたが、俺に言わせれば、こんな風にそれぞれに“色付け”までして、量産品を識別する必要なんて無かったと思うがね。だが、中々いかしてるから、あんたへの感謝の印に、こいつだけは残しといてやってもいいかな」

かくしてルドラ達は見事な逃亡劇を演じてみせた。金髪のルドラはすべての房の鍵を開け放ち、その歌うような風の声を轟かせながら、仲間達を先導し、施設を抜け出して夜の都市を嵐のごとくに駆け抜けていった。ルドラ達の咆哮に揺り起こされた人々は、声の主の姿を目にすると、怯えてすぐに彼らに道を明け渡した。戦う気概が残っていないのだろう。混乱する人々に混ざって男が中央の広場に足を踏み入れた時には、ルドラ達の大半はすでに都市の外へと脱出を果たしており、最後に残っていたあの金髪のルドラが、高い尖塔の頂に立ち、遥か上方から、鼠の衆のように寄り集まる帝国の人々を見下ろしているところだった。
金髪のルドラは眼下の光景を苦々しげに見つめたまま、息を大きく吸い込んだ。
「おい、我らが友、我らが戦友よ! おまえはどうする!」
ルドラの呼びかけに応じて、隻眼の大鷲が、その傍らに舞い降りた。翼を上下に動かしながら滞空している。帝国の力の象徴とも呼べるその姿に、下層の喧噪が一段と激しさを増し、人々は口々に大鷲とルドラを指差した。金髪のルドラは、何度も共に死地を潜り抜けて来た盟友へと、その手を差し伸べた。
「俺達と共に来い」
しかし、大鷲は迷っているようだった。主である男を見捨てていくことを躊躇っているのだ。大鷲はしばらくの間目下の都市を見つめ、やがて決意した様子で顔を上げた。
「わたしは、残るよ」
ハイク達の隣で、男が小さく、「おまえ」と呟く。塔の先端に立ったまま、ルドラは怒り、翼を逆立てた。
「この国と共にのうのうと死を待つつもりか。……ほら、見てみろよ、あいつらを。俺達が命を捨てて守って来た奴らを。どいつもこいつも、化け物を見るような目でこっちを睨んでいやがる。かといって、戦って自分達の身を守ろうとするかといえば、そうでもない。この期に及んでまだ、誰かが駆けつけてきて、喜んで自分達の身代わりになってくれると思ってる。それでもおまえは、こいつらの為に戦おうというのか。こんな連中の為に、命を捨てるつもりか」
猛る金髪のルドラに、大鷲は悲しげに目を細め、穏やかに首を振った。
「おまえの怒りはもっともだ。だがなあ、ルドラの子よ。人が元となっているおまえ達とは違い、わたしには母体となった鷲の記憶はない。わたしの中には、あらゆるものが混ざり過ぎているのだ。ゆえに、わたしにとっては、わたしの故郷はここだけで、愛してくれたのはあの人だけだ。この国で造られ、この国で生かされた。だからわたしは、この国と共に死んでいきたい。おまえ達が旅立つというのなら、わたしは最後の瞬間まで、ここを守る竜となろう。ゆりかごに居るアギラの同胞達を、頼むよ」
都市の丸い夜空に、丸い月が出ていた。大きな月を背に立つ一人と一匹の姿に、そしてその美しい二つの声の重なる響きに、いつしか人々は目を奪われ、固唾を飲み、言葉を発することすら忘れてしまっていた。
「さあ、友よ、行くがいい。今こそ飛翔の時だ」
大鷲は嘴で、差し伸ばされたルドラの手を静かに押し戻した。
両者の間に、短い沈黙が下りる。戻された手を握りこみ、ルドラは決意したように眼下に広がる都市から顔を背けると、顎を上に上げ、体を大きく折り曲げて、空へと高く飛び上がった。大鷲が大きく羽ばたき、その羽ばたきが起こした追い風によって、金髪のルドラはさらに高々と舞い上がると、彼方へと飛び去った。つむじ風に煽られた人々が次に顔を上げた時、大きな白い満月の中に浮かんでいたのは、友を見送った一羽の大鷲の、勇壮な後ろ姿だけだった。

そして再び、景色が変わった。ルドラの逃亡の翌日だ。研究所の、誰も居ない長廊下を、男が駆けている。ぞっとするほど静かだった。男は、職員を全員家に帰したらしい。今や男は、ゆりかごの功績と、密かに増やしてきた協力者達の助力を足掛かりに、研究所の最上部へと登り詰めていた。妻と息子は、近ごろ増えてきた空襲に備え、地下シェルターに行かせてある。
ハイクがちらりとセイファスを見ると、同じように事を悟ったらしいセイファスもハイクを見て、頷いた。
「今からここに、星が落とされるのか」
「そういうことになろう」
そんな事など知る由もなく、男はある部屋の中に入っていった。部屋の入り口には、古代語で“研究棟 管制室”の文字がある。男は部屋を突っ切り、あらゆる計器類を無視して、柱の側の金庫に向かうと、中から小さな皮袋を取り出して懐に仕舞った。
男はすぐに踵を返すと、今度は壁一面に張り付いている夥しい量の画面や、数値計の下の操作盤を次々に操作していく。画面の中には、魂を待つばかりとなったルドラとアギラの肉体が、一体ずつ水槽に入っている様子が映し出されていた。男は次に、ゆりかごから魂を取り出しにかかったようだったが、順調に動いていたその両手が、突如としてぴたりと凍りついた。男の目は目の前の画面を見つめたまま、大きく見開かれている。
「何故だ」
男は、ゆりかごが何故か、こちらの命令を跳ね返してしまうことに気付いた。何らかの外からの要因を感知したことによって、ゆりかごが自身の性質を変えてしまっている。男は慌てて画面を切り替え、その要因の正体を解析し始めた。映し出された帝国周辺の温度図の東端に、異常に赤い点が浮かび、少しずつこちらに近づいてきている。この点が放つ莫大な力の接近を感知したゆりかごは、自身を閉じることによって中の魂を守ろうとしたのだ。今の状態のゆりかごでは、ルドラとアギラの魂以外はすべて異物とみなされ、男はゆりかごから魂を引き出すことはおろか、中に入ってゆりかごを破壊することすらできないだろう。
ハイクは、さらに詳しく調べを進めていく男を通して、その赤い点が、敵国の飛空艇であることを知った。考えるまでもなく、それは星を搭載した爆撃機であり、その星は、今やゆりかごの入り口を隠した森の上を通過し、谷に向かって恐ろしい速さで飛んできている。ゆりかごは偶々その進路上にあったたけだ。男は、この数日間敵が谷に攻めて来なくなった理由に気付き、その気付きがあまりにも遅すぎたことや、今やこの研究所は自分が爆破するまでもなく消え失せるのだということを知った。他者に悪用される心配などする必要は始めからなく、こんな技術は、元々世の中には必要とされていなかった。
男は一気に、深い絶望の谷へと落ちた。だが、自分の研究が必要とされたかどうかよりも、このままではゆりかごの中のルドラとアギラの魂を助ける手立てが無いという責め苦が、男を焦らせ、視野を暗く煙らせていた。すると、突然こつこつと部屋の大窓が叩かれ、男は魔獣にでも襲われたかのようにびくりと顔を上げた。窓硝子を叩いていたのは、早朝に前線に送り出したはずの大鷲だった。
「アギラ!」
男は驚いて窓に駆け寄り、横のボタンを押して窓を開けた。窓の先は中庭へと通じている。外は焦げ臭く、谷の丸い曇り空には黒煙と火の粉が立ち込めている。庭の植木の植物が広げた生き生きとした新緑の枝葉だけが、都市の光景には似合わず、場違いだった。
「ああ、良かった。無事だったんだな」
男は急いで大窓から庭へと飛び出し、大鷲の身体に手を滑らせ、大きな怪我が無いか確かめた。
「ああ。大事ない。わたしは」
男に自分の体温を分け与えて安心させようとするかのように、大鷲はくるくると喉を鳴らし、男にすり寄った。
「だが、なぜここに……」
大鷲は男から離れ、その手のひらに、咥えていた小さな紙きれを落とした。
「これは?」
「ことづてだ。われらの友から」
紙切れは、短い手紙だった。皺だらけになった細長い羊皮紙に、小刻みに震えた歪な癖字が綴られている。かなり見づらかったが、ハイクにも、どうにか意味を読み取ることが出来た。

——友よ。
俺達はもう、国に力を貸しはしない。だが、おまえには恩義がある。昨夜より前から、ゆりかごには異変を感じていた。
おまえがゆりかごを破壊すると聞いて、嫌な予感がした。谷を出てすぐ、一番足の速い者に、一番耳と声が遠くまで届く者をおぶわせて、緑の遺跡に行かせた。これは彼らからの報告だ。
今、ゆりかごは二重に閉じられている。二人とも遺跡の入り口を通ることはできたが、着いたのはゆりかごではなく、ただの小さな浜だったそうだ。こちらの世界とゆりかごの世界の中間に、もう一層の世界が出来上がっている。そこからゆりかごに居る仲間を呼ぶと、返事があったが、彼らの声もすぐに聞こえなくなった。その仲間が言うには、ゆりかごは、自身を破壊できる術を持つ“紋付き”の魂だけを受け付けるように、自分を作り替えちまったらしい。なあ、おい、俺が言いたいことが分かるか? ……もしもおまえが、まだ俺達を信じるつもりがあるなら、そして、それが可能であるなら、その破壊の手段とやらをアギラに持たせて、緑の遺跡に向かわせてくれ。あんたがゆりかごに入れなくなっちまった今、俺達にしか、その任務はこなせない。同胞達の魂を解放して、それがあいつらとの今生の別れになっちまうのは寂しいが……それでも、やらなくちゃならない、そうだろ。俺達は先に遺跡の入り口に向かう。だが、ここにも敵国の手は迫っている。あまり長くは待てない。少しばかり活躍しすぎちまったせいで、向こうも俺達のことはよく知ってるだろうからな。
追伸。約束しよう。無事に同胞を見送った暁には、その証拠として、俺達は必ず、おまえに会いに行く。

男の両目から、ぼたり、と雫が零れた。涙が鼻先を伝い、羊皮紙の上に落ちる。
「あるじ?」
「いや……何でもない」
男は袖で乱暴に目元を拭うと、白衣の胸ポケットから先程仕舞った皮袋を引っぱり出した。男は袋を開き、中身を大鷲に見せた。袋には、大きな銀の錠と、透明に輝く宝玉、そして一丁の拳銃が入っていた。銃を見てハイクは驚いた。たった今自分の腰に差さっている銃と、全く同じ品だったからだ。宝玉は、今と同じく中央に翼の紋が浮かび、強い存在感を放っていたが、反対に錠の方は、実体があるのかないのか曖昧で、時折輪郭がぼやけていた。
「アギラ。最後の仕事だ。よく聞いてくれ。緑の遺跡に行き、これをルドラに届けるんだ」
男はあえてゆっくりと、大鷲が一言も聞き洩らさないように話し始めた。
「まず、この錠が、ゆりかごの要石(かなめいし)だ。ゆりかごのある世界が、切り取られた時間の上に成り立っているという話をしたのを覚えているかい。そういう風に作られた曖昧な世界は、本来とても弱く、脆い。この錠は、泡のように儚いあの世界を、こちらの世界に繋ぎ止めておくための楔なんだ。ゆえに、ゆりかごを完全に破壊し、皆の魂を解き放つには、然るべき方法によって、この錠は破壊されなければならない。錠を破壊すれば、ゆりかごは自然に消滅し、一切が無に還るだろう。皆に体を返せなかったのは、わたしの思慮の浅さが原因だ。だが……それでも、そうすることで、彼らを帝国の呪縛から救うことはできる」
ゆっくりと、大鷲は左目を瞬かせ、男の手にある錠を見つめた。
「つまりこれが、浜の心臓か」
「そうだ。この錠は、ゆりかごと現実、つまり、向こうの魂の世界と、こちらの肉と骨の世界の、両方の性質を併せ持っている。今はこうして霞んだ姿だが、ゆりかごに行けば実体化し、破壊できる状態になるだろう。だが、普通の方法ではだめだ。錠を壊すには、この珠と銃が必要だ」
「分かった。三つとも、必ず渡そう」
男は力強く頷いた。珠、銃、そして錠を順に袋に戻すと、男は屈んで、袋の紐を大鷲の足にしっかりと括りつけた。
「間違いなく、ルドラに一切を伝えて欲しい」
「ああ、分かった」
すべてを話し終えた男は立ち上がり、ふいに優しい顔で笑った。
「ありがとう、アギラ。最後の命令と言ったが、もう一つ、追加の命令だ。この任務が終わったら、おまえは自由だ」
「自由?」
「何でも好きなことをしてきていい、という意味だよ。何をしていいか分からないなら、そうだな、一年かけて、この大陸を回っておいで」
男の言った意味が分からなかったのか、大鷲は戸惑い、首を傾げた。
「好きなことなら、今、している。わたしはこの国と共にあると決めた」
「だが、この国はいつか終わる」
今日、と言わなかったのは男の優しさだった。ハイクにはその気持ちが、何となく分かるような気がした。もしもそれを伝えれば、大鷲は断固としてここを離れようとはしなくなるだろう。大鷲はこの国と、そして自分と共に死ぬと言ったが、男はどうにかして大鷲をこの国の運命から逃がしてやりたいと切望していた。いつか、誰かの為に誰かを殺さなくてもいい時代が訪れる。男はどうしても、戦しか知らない大鷲に、その希望の時代の始まりを見届けて欲しかった。
「前から考えていたんだ。国が亡びるその時が来るまでに、おまえにこの世界を見せてやりたいと。ゆりかごの中の仮初の空とは比べ物にならないくらい大きな空を、どうか、どうか、自由に、飛んでみておくれ」
「では、主も一緒に行こう。それとも、人間は飛べないから、その“自由”というのにはなれないのか?」
「いいや、そんなことは無い」
男はゆっくりと首を振った。しばらくのあいだ、焦げた風が木々の葉を揺らす音しか聞こえなくなった。
「わたしも、もう少しで自由になれるだろう。だが、おまえと同じ場所には行けない」
「なぜ、行けないのだ?」
「おまえを愛しているからだ」
男はふいに両手を伸ばし、大鷲の首に腕を回し、抱きしめた。「すまない」と、くぐもった囁きを落とし、男は煤にまみれた大鷲の羽毛に鼻先をうずめた。
「わたしが行くべきは空ではなく、大地の最も深い場所だ」
ハイクは咄嗟に、熱にぐらつく溶鉱炉の穴を思い出した。男は、都市の底から、溶鉱炉の丸い穴にも似た、谷の崖が縁取る丸い空を見上げて、目を細めた。曇っているのに、眩しそうな表情だった。

暗雲が立ち込める空へと、大鷲は飛び去って行った。男は、その姿が点になり、完全に消えてしまうまで、飽きることなく空を見上げていた。
遠くで、何かが弾ける音がした。
真っ白な光に包まれながら、男は、すべきことをすべてやり遂げたような、安堵した顔で、優しくほほ笑み続けていた。

視点が変わった。ハイク達は飛んでいく大鷲のすぐ上を、滑るように移動していた。眼下の景色はぐんぐん遠くなり、次第に谷全体が見下ろせる高さになる。丸くくり抜かれた山の中に、銀に輝く針山のような都市が収まっている。
ゆったりと、都市に向かって、一機の赤い飛空艇が飛んできた。
白い糸にも似た光が一筋、その飛空艇から都市の中央に落とされた。
光が弾けた。奇怪な丸い雲が上がった。そして次の瞬間には、大鷲の故郷は黒に染まり、すべてが灰と化していた。

涙すら出なかった。つぎはぎの魂に、ぽっかりと大きな穴が空き、ただ空々と風を通しているようだった。これが悲しみなのだ。大鷲は初めて、その感情を理解した。
「ああ、行かなければ。はやく、行かなければ」
大鷲の声だった。ただ、同時にその言葉は、ハイクの口からも零れ落ちていた。セイファスは気遣うようにハイクを見たが、ハイクの魂はこの瞬間、完全に目の前の大鷲と、そして内に宿る大鷲の魂に同調していた。
主は死に、故郷も無くなった。だから、行かなければ。はやく、あそこに行かなければ。
夢で見た物と全く同じ光景がそこにはあった。戦火に呑まれまいと、大鷲は一心不乱に飛んだ。足には三つの荷の重みがある。何としても、これをあの金髪のルドラの元へ届けなければならない。今大鷲の翼を動かす原動力となっているのは、間違いなく男が遺したその命令だった。しかし、ハイクは知っている。大鷲がその指令を決して遂行できないことを。
炎が爆ぜ、大鷲を包み込んだ。アギラを、つまり帝国の兵器の姿を視認した敵の魔術師が起こした炎だった。
無残に体を焼かれ、大鷲は落ちていく。下へ、下へ。
ああ、行かなければ。
はやく、行かなければ。

また、場面が変わり、今度は金髪のルドラの視点だった。ハイクは今までの追憶と何ら変わりないように感じたが、大鷲は「これは追憶ではない」と、静かに言った。
「これは、ハイク、おまえ自身の中にある、ルドラの羽紋が見せている古い記憶だ。像に封じられた過去の再現に引きずられて、現れたのだろう。今までの奇妙な夢も、この古い記憶から来るものだよ」
隣を見ると、セイファスもそれまでと同様に、この世界を共有できているようだった。ハイク達は、緑の遺跡の入り口に立ち、金髪のルドラ達と共に、大鷲の到着を待っていた。半日が過ぎ、二日まではどうにか隠れてやり過ごせたが、そこが限界だった。大鷲は来なかった。おそらく大鷲の魂は、すでにこちら側には無い。すれ違ったことにも気付けないまま、徐々に迫り来る騎兵隊の足音に、ルドラはついに、森から離れることを選んだ。ルドラの仲間の一人が、騎兵隊の声を拾った。金髪のルドラは、すでに都市が焼き崩れたこと、そして、あの男との約束が二度と果たせなくなったことを知った。仮に生き残りが居たとしても、もうとっくに掴まってしまったか、どこかに逃げてしまったに違いない。谷から逃げた自分達には、探しようもないことだ。もしも、自分がもっと早くにゆりかごの異変を伝えていれば、あの男は死ななかったかもしれない。もしも昨晩男を見捨てていなかったら、彼を星の届かぬ場所に運べていたかもしれない。あらゆる後悔の中、失意に崩れる金髪のルドラの背後で、終戦の鐘が強く打ち鳴らされている。ルドラ達はその鐘の轟音が消えないうちに、そのままどこかへと姿をくらませた。ハイクは、あの夢で金髪のルドラが言っていた「約束を違えた」という言葉の、本当の意味を知った。

三度、視点が変わった。次にハイク達が見ていたのは、男でも、大鷲でも、金髪のルドラでもなく、十代の見知らぬ少年の後ろ姿だった。周囲にはちらほらと、他の生き残りの姿もある。地下に隠れていた者達だろう。彼らは都市を離れ、最後の戦地となった焼野原を移動していた。ふと、何かに気付いて、少年は立ち止まる。瓦礫の中に何かを見つけたようだ。屈みこみ、動かなくなった少年の元に、一人の女性が近寄って行く。髪の色が同じだ。おそらく彼の母親だろう。彼女の茶髪は短く、肩のあたりできちんと切りそろえられていた。
女性に肩を叩かれ、再び立ち上がった少年の手の中には、しっかりと透明な珠が握られていた。彼はしばらくの間、周囲を探し回っていたが、とうとう錠は見つからなかった。変声期を抜けきらない高い声が、ぽつりと零れ落ちる。
「探しに行かないと。父さんの代わりに、僕が」
瓦礫を覗き込む少年の横顔は、若い頃の男に瓜二つだった。

潮騒が聞こえ、ハイクの足が、柔らかな砂を踏んだ。立派な青年へと成長した少年が、細長い砂浜に立っている。青年は慣れた様子で浜を進み、先端にぽつりと立つ砂岩の祭壇に上がっていった。
「やあ、アギラ。また来ました」
青年の声で、中央で眠っていた大鷲が、ゆっくりと首を持ち上げた。大鷲はまだ、檻に囚われてはいなかった。
「ああ、おまえか。すまないな。近ごろ、とんと眠たいのだ。身体も思うように動かん」
今にも再び瞼がくっつきそうな大鷲を見ながら、青年は苦笑して、腰に手を当てた。
「眠るのはあとにして、僕の話を聞いて下さい。星詠みの力で、ルドラがどこかで生きていることが、やっと分かりました」
大鷲は嬉しそうだったが、やはり眠そうに、そうか、よかった、と言った。
「それから、僕なりに、焼け残った父の研究を調べて、色々と分かって来たことがあって、今日はその報告です」
「……主の研究、か」
青年が発した父という一言は、大鷲を夢の世界から引き戻すのにはかなりの効力があるようだった。青年は大鷲の前にあぐらをかいて座り込み、話し始めた。
「良い話と、悪い話があります」
「では、良い話は」
「はい。錠が見つかりました」
「おお、それは僥倖じゃあないか。では、悪い話は」
たちまち、青年の表情が曇った。
「その錠はおそらく、そこにあります」
青年の指が、真っ直ぐに大鷲を指差した。大鷲はことりと首を傾げた。
「わたしは持っていないぞ」
「僕も、そう思っていました。あなたが野戦に巻き込まれた時に、珠と一緒に、錠もどこかに落ちて、燃えて無くなってしまったのだと。けれど、結局どれだけ探しても、錠は見つけられませんでした。召喚術を使っても、です。つまり……そもそも“こちら側”には、錠は存在していなかった、ということになります」
青年はそこで一旦、言葉を切った。次に話さなければならないことに多大な気力を使うので、心を落ち着けたいのだとでもいうように、彼は深く息を吐き、そして吸い込んだ。ハイクは青年の話が向かう先に気付いた。
「父の記録にはこうありました。錠は、あちら側とこちら側、つまり、魂と物質の、ちょうど中間に位置する物だと。そして、自身が置かれた状況に応じて、どちらの属性にも転化する性質を持つ、と。あなたが炎に呑まれた時、おそらく錠は、咄嗟に危機を回避しようとして、一番近くにあった最も安全と思われる魂の中に、その身を隠したんです。それがつまり……」
「わたしか?」
大鷲が小さく呟き、青年は目を逸らしながら、はい、と頷いた。
「あなたの死後、羽紋の付いたあなたの魂は、再びこうしてゆりかごに回収されました。ただし、引き寄せられたのは魂だけではなかった。図らずも錠の性質を受け継いで、中間の性質を持ってしまった体ごと、ゆりかごはあなたを引き寄せてしまったのです。だからこそ、魂だけの世界であるゆりかごの本体からあなたは弾かれ、一羽だけこの中間の浜に流れ着いてしまった。あの戦場からあなたの遺体が見つからなかったのも、それで説明がつきます。そしておそらく、一緒に袋に入っていた銃も……あれは父が手を加えた特別な品ですが、それもその際にあなたの骨に混じり、この浜で再構築されたのでしょう」
安らかな波の音が、辺りに響いている。「僕達アグニは、どうにかしてあなたの中の錠を取り出す方法を見つけようとしました」と、青年は震える声で続けた。
「けれど、どれだけ昔の資料を調べても、占いに頼っても、だめでした。錠はあなたの中に深く入り込みすぎていて、結局、従来通りのやり方でしか、錠を壊すことはできません。悪い話というのは、このことです」
「そうか。では、時が来たら、わたしは死なねばならぬということだな」
「……ごめんなさい」
青年は、深々とその場に頭を下げた。あまりに深く下げたので、額が地面についてしまいそうなほどだった。
「ごめんなさい、アギラ。本当に、僕達は」
「なに、わたしにとって、それはさして重要なことではない。大切なのは、錠が間違いなくここにあり、また、準備さえ整えば、いつでも破壊できると分かったことだ」
青年は顔を上げた。穏やかに目を細める大鷲の姿が、そこにはあった。
「ああ、よかった。これで、あの人から預かった、最後の任が果たせるかもしれない。ならば、あとは、我が同胞を待てばよいのだな」
「ええ。けれど、あれからまだルドラの足取りは掴めません」
「だが、必ず戻ってきてくれる。あれらは、一度した約束を違えない」
「もちろん、僕達もそれを信じています。だから、死者の弔いが済んで、必要な資料をまとめたら、彼らを探しに行くつもりです。いくら彼らが約束を違えないといっても、何の手がかりも無しに僕達の居場所を突き止めるのは不可能でしょうから」
「そうかな。わたしが思うに、それは可能だと思う。そう離れた距離でなければ、わたしの呼び声も彼らに届くだろう。ルドラがここにさえ来てくれれば、わたしから説明することもできよう」
青年は右手で口元を覆い、しばし考え込んだ。
「では、こうしましょう。僕達は、あなたの声の及ばない遠い地方へと旅立ち、彼らを探します。ゆりかごはともかく、この浜にはきっと、ルドラ以外の者も訪れることでしょう。帝国に所縁のある者であれば、浜に入ることはできますから。だからその時は、あなたがゆりかごの番人となって、彼らがルドラの民かどうかを見分けてください。もしもここにルドラが来れば、星の導きで、僕達にはそうと分かります。それと……その日が来るまで、“さんのたま”は、特別な方法で隠しておきます」
青年はそう言って、懐から赤と青の珠を取り出した。どちらもハイクが見つけた時と同じで、傷一つなく磨かれ、中には一本の羽の針金細工が浮かんでいる。そして、青年は再び珠を仕舞うと、おもむろに着物の袖を捲り上げた。セイファスの腕にあるのと同じ入れ墨が、左右の白い腕に、蛇のように黒々とのたうちまわり、刻み込まれていた。
「この陣で、二つの珠を再び一つに戻すことができます。ルドラはきっと、他の人間に見つからないようにするために、あらゆる方法で身を隠そうとするはずです。見つけ出すのに、どれほどの時間が掛かるか分かりません。数年かもしれないし、ひょっとしたら、もっとかもしれない。だから、ルドラとの再会の日まで、青と赤の珠は、できるだけ安全な方法で保管し、僕達アグニが一族を賭けて守ります。そして、ルドラが戻って来て、珠を元の姿に戻したその時には……」
思わず言い淀んだ青年の後を、ごくごく朗らかな口調で、大鷲が引き継いだ。
「ああ。わたしは喜んで、その者にこの身を差し出そう」
海は、穏やかに凪いでいた。心地の良い潮風が、いつか男がそうしていたように、大鷲の羽毛の表面を撫でていた。
「時間がかかってしまった場合の保険として、ルドラの子孫にすべての歴史を伝える準備も整えました。父は、自分の記憶の断片を機械に閉じこめて、記録として僕に遺してくれていました。然るべき時にルドラに見せられるように、それらは谷の底に隠してあります。いずれは僕や、あなたの記憶の一部も、同じ場所に遺すつもりです。それが、生き残った僕らの義務だから」
浜の景色が、次第に遠ざかっていった。

薄れていく景色の中で、ハイクの脳に、いくつかの光景が流れ込んで来た。
墓を掘る人々。王墓の石壁にすべての被験者達の名を刻んでいく青年の後ろ姿。アグニの人々は、自身へのいましめの為に、ルドラを模して自らの髪の一部を赤く染め、朝日の中に旅立っていく。青年は途中で立ち寄った緑の遺跡に、彫刻刀で新しい文言を記した。それは、彼らアグニとルドラが再び出会った時にゆりかごは開かれる、という意味合いの言葉と、ゆりかごで眠り続ける友への祈りだった。
続けざまに、あぶくのように光景が浮かんでは消えた。大鷲の記憶、ハイク自身の記憶、そしてセイファスの記憶がないまぜになっていた。浜で仲間を呼び続ける大鷲。寿命を迎えた体だけが先に風化し、塵になって魂だけの身体となった後も、特別な銃を宿した大鷲の頭蓋だけは消えることはなく、そのせいで大鷲はゆりかごに行けず、浜に縛り付けられた。照りつける太陽と海風に疲れきり、摩耗し、それでも従順にルドラを呼び続けた大鷲の元に、ついに現れた一人の生意気そうな少年。彼の空のみずみずしさ。手渡された銃。時を同じくして、青の神殿に埋め込まれていた黒い珠をセイファスが回収している場面。その珠を、村の食堂でラブラドに渡すセイファス。王都の酒場で、イリスに青の神殿のことを教えているセイファス。そして、珠がついにハイクの手に渡り、ハイク自身が青の神殿にやって来た場面。ハイクがアギラをかたどった像の台座に珠を嵌めると、ハイクの羽紋に反応した青の珠の封印が解除され、元の姿に戻り、また同時に、王墓にあった赤の珠も目覚め、黒い殻が剥がれ落ち、その力によって二体の機械人形が起動する。彼らは装置に保管されていた人間の魂に繋がれ、意思を与えられていた。自分達が必要とされない時代となったとは知らないまま。
最後の飛沫が弾け、最初と同じように、強い光によってハイクの意識は途切れた。

    *

硬い石の感触に、目が覚めた。
うつ伏せになった状態で、ハイクは真っ白な小部屋に倒れていた。セイファスもまた、同じように床に伏している。記憶が終わり、ハイクの元に現実が返ってくる。心臓が激しく脈打ち、呆然としたまま、ハイクは立ち上がった。目の前に突き付けられた事実に、脳が揺さぶられる。それはたった一つ、そしてただ一つの、とても簡単な事実だった。

ゆりかごに閉じこめられた祖先達の魂を解放するためには、ハイクの手によって、大鷲は殺されなければならない。

何と純粋で、無駄のない事象だろう。戦争が終わったのちに異なる役割を与えられていたのは、青の神殿や、宝玉だけではなかったのだ。大鷲に出会った瞬間から、ハイクには、その手で錠を破壊し、魂を解放させるという役目が与えられ、大鷲にもまた、それが出来る人間を選別し、その人間を見つけた暁には、自らの命を差し出さなければならないという使命があり、そしてその大鷲は、ハイク自身の中に居るのだ。
何と簡単なことだったのだろう。ハイク達はとうに、事を為すための下準備を終えていたのだ。錠と銃は、初めからハイク自身の中に揃っていたのだ。
いつの間にか、セイファスも意識を取り戻し、上体を起こしていた。大鷲の立像は、動いて羽ばたいたのが嘘のように、今はぴたりとその両翼を閉じている。未だに輝き続けている足元の台座を見て、ハイクは目を見開いた。中に嵌まっていた三つ目の宝玉が、完璧だったその球体を、急速に縮ませていく。柘榴ほどの大きさだった宝玉は、やがて小指ほどの大きさの、小さく、丸く、一方の先端が尖った、細長い形へと変わっていく。
「ああ……」
セイファスが、短く囁いた。
「三の珠は、散の弾、か」
ハイクは手を伸ばし、ゆっくりと弾丸を摘まんだ。
手袋に覆われた指の間で、内に羽紋が刻まれた透明な弾丸は、大鷲の命を散らす瞬間を待ちわびていたかのように、きらきらと光り続けていた。





(アギラ(後))

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