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倫敦1988-1989〈8〉ブライトン

1988年の大晦日。といってもロンドンの街はたいして変わらない。クリスマスはイルミネーションなどは華やかだったようだが、家族や親戚で集まるのが基本なので当時の日本の乱痴気騒ぎとは大違いだ。バブル期の日本では高いホテルを予約して、シャンパンあけてエッチしないといけないような雰囲気があり、完全にイカれていた。ほとんどがキリスト教徒でもないのに、当時の日本人というのは単なるお調子者の集まりであった。

珍しく朝早く目が覚めたので、ひとりで郊外へ行ってみようと思い立つ。地下鉄を乗り換えて海辺の街へ。ベルも鳴らさず静かに電車が滑り出した。うかうかしていたら乗り損なってしまいそうだ。

車窓は街の景色からすぐに一面の緑に変わった。森、農場、牛、羊、羊、羊…。ロンドンは都会だが、イギリスの大部分はこんな風な田舎なのだ。田舎の景色は目に優しい。のんびりした気分になって鼻歌を歌う。スタイル・カウンシルのマイエバーチェンジングムーズ、ジョー・ジャクソンのステッピンアウト、スウィング・アウト・シスターのブレイクアウト…。自然と明るい歌が浮かぶ。

駅に着いたらなんとなく海の匂いがする方へと歩き出した。ちょっとした坂の多い石畳の道。カフェやアンティークショップが並ぶ。この街自体がアンティークのミニチュアみたいだ。小雨が降って、少し寒い。海が見えるカフェでミルクティーを飲んで温まる。ロンドンに来てロクなものを食べていないが、紅茶とクッキーはさすがに美味いと思う。

外に出ると風も強くて海日和ではなかった。水平線は灰色に滲んでいるし、人っ子1人いない。おまけにここの石はゴロゴロしていて歩きにくいことこの上ない。海岸からは長い木の桟橋が延びていて、その先には小さなメリーゴーランドやゴーカートが見える。一応行ってみるが誰もおらず、すべてがただ雨に打たれていた。晴れの日には子供たちが来て賑わうのだろうか。都市からの距離を考えると江ノ島のような感じなのかな。行楽地というにはあまりにも静かだけど雨のせいだろう。

またゴロゴロ石の上を歩いていると、ふとひとつの石が目に留まった。つるつるで綺麗な緑色の…とにかく見たことがないほどつるつるの石。私は石に弱くて、海や川に行くと必ずお気に入りの石に出会って連れ帰ってしまう。しかし今はヤバい。海外でこの変な癖が発動したら帰りの荷物が大変なことになる。ダメ…ダメよ…と思いながらも足元を見ていると、あ…あっちにも黄色いつるつるが…、あ、ピンクのつるつるが…。

気がつくと私はひとつひとつの石をタオルで丁寧に拭いてはバッグに詰め込んでいた。今日はいい石と出会った。
カバンは重いが心は軽い。さぁて、今夜も元気に飲むぞ!

ところがロンドンに帰るとMちゃんが
大家のルカクに追い出されていた。今夜…どこで寝るの?

           (つづく)

#英国
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#ロンドン
#わたしの旅行記

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