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倫敦1988-1989〈6〉モッシュinブリクストン


その夜はライブハウスでフィッシュボーンのギグを観に行く予定だった。会場があるブリクストンは当時あまり治安の良い地域ではなく、とりあえずエディとマイロを連れて行くことになった。頼りないけどいないよりマシだ。

が、地下鉄の駅から会場までの間、2人はすでに迷いはじめた。仕方ないのでそのへんにいたドレッドヘアーの男性に尋ねると、親切にライブハウスの入り口までエスコートしてくれた。

ライブハウス…というよりはオペラハウスといった感じの館内に入り息を呑む。築100年は軽く超えた様子の豪華な劇場。ボロボロで二階席などは今にも崩れそうだが、優雅に弧を描く天井には女神や天使が描かれている。胸が高鳴る。

フィッシュボーンはオルタナ、ミクスチャー系のスカ・パンクバンドと言われるが、私は彼らが持つファンク&ソウルが好きだ。後にフジロックに出場したり、スカパラと共演したりもしている。

バンドがステージに飛び出すと、満員の会場は大騒ぎだ。ヴォーカルのアンジェロは手にもったステッキでオーディエンスを扇動する。「オマエら今の生活に満足してるのか⁈世界は分断されている!壁は必要なのか?何もかもぶち壊してしまおう!」まさに狂乱とはこの事だ。最初は各自カラダを揺らしていた観客の一部が急に一筋の列をなす。ん?なんだ、なんだ?と思っていると目の前で鳴門の渦潮よろしく激しい渦を巻き始めた。見たことのない光景だ。運動神経の鈍い私にはできない動きと思われるので、距離を置いて見守る。Mちゃんもササっと離れたのだが、逃げ遅れたエディが巻き込まれて行った。本人の意思に関わりなく鳴門の渦潮は止められない。顔を真っ赤にしながら走りまくるエディ。それを見ているうちに興奮したのか自らマイロが飛び込む。何やってんだあの2人。

ステージのボルテージは最高潮、客席の熱狂も天井知らずだ。ついに何人かの観客が勝手にステージに上がり、客席めがけてダイブしだした。なんと危険な!と驚いていると後ろにいた男の子が「たまんねえな!モッシュだよ!オレもやる!」とステージに駆けて行った。「人種差別なんかさ、バカがやるもんだよ!国境は人間が地球につけた傷だ!壁をなくそう!手を取り合おう!自由のために団結しよう!」アンジェロの煽りも絶好調だ。

ふと遠くの観客の上を手足をバタつかせながら運ばれて行くマイロが見えた。ムーミンで言うところのニブリングに運ばれて行くヘムレンおばさんのようだ。ちょっとうらやましくなったので、少し体を傾けてみたら背後と左右の人がそっと支えてくれた。ソフトモッシュである。

ライブが終わってエディはしばらく行方不明になっていたが出口近くで倒れているのが見つかった。渦潮に揉まれすぎて気分が悪くなったらしい。

その後パブでギネスをガブのみしてタクシー代がなくなり、ブラブラ歩いて帰った。その翌年ベルリンの壁が壊され、アンジェロの言っていたことが少し本当になった。けれど2024年現在ガザにはまだ壁があり、状況は最悪だ。一体いつになったら争いは終わるのだろう。
 
           (つづく)

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