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倫敦1988-1989〈13〉シンガポール

翌日は間違えずに飛行機に乗れた。
Mちゃんには「デキの悪い子ほどかわいい」と喜んでいいのか悪いのかわからない言葉と共に抱きしめられ、エディとマイロには「オチョコチョイー、オチョコチョイー」と囃し立てられながら機上の人となった。冬のロンドンはずっと灰色の空で、古めかしい石造りの建物が並ぶ暗い街だったけれど、
移動遊園地の賑やかさや、顔馴染みになった近所の人の温かさが心に残った
。そしてMちゃんとエディとマイロとのずっとふざけているようなウダウダ気楽な暮らし。日本に帰ったらまたマジメなふりして働かないといけない。
心底うんざりする。もう日曜日の夜みたいな気分だ。

行きは謎の砂漠の国でトランジットしたが、帰りはシンガポールで一泊し、翌朝成田行きの便に乗り換える。遊び疲れかぐっすり寝ている間に飛行機はシンガポール・チャンギ空港に着いた。一泊と言っても到着は夕方だし、どこへ行くでもない。ホテルのお迎えバスで宿へと向かい、若いベルボーイに荷物を運んでもらう。スーツケースを部屋に運び込むと、ドアのところでモジモジするベルボーイ。ん?ナンパか?と一瞬驕った考えが浮かぶが、ちがう違う、チップだよ。

ロンドンにいる間は「チップをわたさねばならぬ」「いかほどが相応しいのか」と慣れぬ風習に緊張していた。それがアジア圏に入ったとたんの油断である。あ、ごめんね!とロンドンならだいたいこのくらい…という額を手渡すと彼の顔がパッと輝いた。当時のシンガポール相場ではラッキー価格だったようだ。よほど好印象だったのか、
彼は私のことをナイトマーケットに
誘ってくれた。ん?ナンパか?

ベルボーイ君の仕事終わりをロビーで待っていると4、5人の集団がやって来た。ヨッ!と短パンにビーサンのあんちゃんに肩を叩かれ、それがベルボーイくんだと気付く。集団の中には女の子もいて、どうやら単なる同僚同士の飲み会に誘われたようである。

みんなでビーサンをベチベチ言わせながら向かったのは「ホーカーセンター」というところ。屋外のフードコートみたいな感じだ。ここの素晴らしいところはマレー料理、中華料理、インド料理その他が選び放題という点。それだけシンガポールが人種のるつぼだということだ。みんなハンカチなどで場所取りをして、わーっとお目当ての屋台に散る。

いち早く入手したビールを飲みながら店を回るが、メニューを見てもよくわからない。しかしオレンジ色のアイツと目が合った。蟹だ。チリ×蟹、蟹vsブラックペッパー、カレー&蟹、あんかけwith蟹。ありとあらゆる蟹料理が私の脳内を駆け巡る。選べない。こんなことならシンガポールに一週間ぐらい滞在すれば良かった。

迷いに迷ってカレー&蟹と白飯を入手する。席に着くと皆銘々ディナーを始めている。よくわからないスープ、よくわからない麺類、見たことのないご飯もの。人のメシも気になるが先ずはマイ蟹だ。バリバリと解体して黙々と食べる。他に蟹をチョイスした人もいたが、やはり黙食だ。蟹というのは形が複雑な上、たいていの身は小さく、しかも美味いから黙らざるを得ない。

蟹の身を食べ尽くしたので甲羅に白飯を詰め、カレーをかけて食べた。蟹の出汁がでたカレーは最高でしかない。もう一杯いけるな…と思ったが、このままホーカーセンターにいたらまた飛行機に乗り遅れる気がする。皆は飲みに行くようだったが私は泣く泣く部屋に帰った。ブラックペッパー味の蟹とともに。

テレビを見ながら蟹を食べる。なぜだか日本の「柔道一直線」をやっていた。どうしてこの古いドラマがシンガポールでやっているのか。人気があるのだろうか。

やがて画面はニュースに変わり、皇居の映像が流れた。昭和天皇の崩御。
しがんでいた蟹がポトリと落ちる。
よくわからないけれど…昭和が終わったようだ。

          (つづく)

#イギリス
#ロンドン
#シンガポール
#ホーカーセンター

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