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なんで人が治せるのか わかった 第1話

今年90になる天才芸術家、草間彌生の自伝を読
んでわかった。自分がなぜ、人を治せるのかとい
うことが。

彼女が30代のとき60近い天才芸術家と付き合
う。しわがれたじいさんのような風貌の男に魅了
されるのだ。彼の名はジョゼフ・コーネル。まる
で乞食のようにみすぼらしい恰好で道端に落ちて
いる木々や石ころを拾い、たちどころにして作品
に仕上げるのだ。

彼は、日本人のヤヨイを観て一瞬でとりこにな
る。僕のそばにいてくれヤヨイ! どこに行って
いたんだ! 異様なほど執着し、束縛する彼の性
格は、強烈な否定をする母へのマザコンからきて
いた。

奴隷のように尽くし、母を神のように崇める。そ
の間には彌生も入ることはできなかった。だが彌
生も強烈な母のもとに育てられていたから、自己
愛が強く、自分の作品が世界最高の作品だと信じ
て疑わないところがコーネルと似ていた。だから
わかり合えたのだ。

氷点下を超える寒さのなか、お金に頓着なかった
ふたりは、暖房機すら入れず、ガタガタと震え、
歯をガチガチと鳴らせながら、裸を見せ合っこし
てデッサンした。

さらには老年期のコーネルは、母親に毒されてい
たせいで、男としての自分に自信がなく、自分の
性器をヤヨイに観てもらい、触ってもらう。「ど
うだい?」と聴かれヤヨイは触ってあげる。この
やりとりに何とも切ないというかやさしさという
か、心が揺さぶられた。

またこんなシーンもある。ヤヨイへの愛と母への
忠誠的な愛との間に葛藤と生きる喜びを感じるコ
ーネルは、ある日ヤヨイの首を絞めるしぐさをす
る。息が止まりそうだよと訴えて我に返り、止め
てどこかへ行ってしまったコーネルを探しに行く
と、そこはトイレで、「神さま、ごめんなさい」
と懺悔しているコーネルがそこにいた。

彼は異様な愛情と罪悪感のはざまにいたのだ。そ
の気持ちがわかるヤヨイだったからこそ、20も
差がありながら対等に付き合えたのだ。サルバト
ール・ダリとも付き合いのあったヤヨイを、誰に
も渡したくなかったコーネルは、画商にベンツで
ヤヨイを迎えに行くよう指示する。それだけお金
に頓着のない彼の作品を、誰にも売らないと偏屈
な性格の彼の作品を、世間はノドから手が出るほ
ど欲しがっていたのだ。だから高額で作品は売れ
たのだ。

草間彌生の破天荒な自伝を読んでいてわかったこ
とがあった。外では善人の極みのような笑みで人
を和まし、人のために尽くしていた父が、家では
ちょっとしたことでキレまくるヒステリーのよう
な性格を擁し、母や私を罵倒していた原因がまた
ひとつわかった。

田舎の、何もわからない祖母の元で育てられた
父。早くにお父さんを亡くし、母一人子一人のな
か育てられた。だが夜な夜なくり返される丁稚と
の情事をふすまの陰から盗み見していた父は、母
への愛と否定とでくすぶって行ったに違いない。

その父に、毎日毎日否定され続けてきた私は、行
き場を探していた。生きる場所を。そうして自分
を助けるという教えや偉人伝に活路を見い出そう
としていた。だから成功哲学の本に早くから興味
を示し、なんとか自分を救い出そうとしていたの
だ。

山ほど本を読み、宗教も学び、人にもアドバイス
を請うた。だが納得が得られる答えはそこにはな
かった。どうして人はわかってくれないんだろ
う。どうしてあんなことを人はするのだろう。父
の、ジキルとハイドのような二重人格を、必死に
理解しようとしていた私は、自分の、この素直さ
と異常性という複雑な性格の、ことをわかっても
らえないくやしさと悲しさでいっぱいだった。

だがあるとき、自分のことをわかってくれる人と
出逢えた。「きみはいっぱい知識は持ってるが、
自分自身のことはちっとも語っていないね」そう
言われた。最初は何のことを言われているか、さ
っぱりわからなかったから、「ちゃんと言ってい
ますよ」と反論した。するとその人は「いや、言
っていない。私が知りたいのは知識のことじゃな
い。きみ自身だ。きみ自身のことばで語ってほし
いんだよ」

そう言われて頭が真っ白になった。とっさに出た
のは「人が怖いんです」「人の反応が怖くて……」
そう言うと涙がぽろぽろと出てきた。

すると横に座っていたトモコという強気な女性が
「やっとヒロが出てきたね」と言った。そのとき
すかさず私は反論した。

「暗い自分を出したら嫌われる気がした。だから
出さないんだよ」

そう言うとトモコは言った。「明るいヒロもヒロ
だけど、暗いヒロもヒロ。どっちも素敵じゃな
い」そう言われ、こわばっていた肩の力が抜け
た。それが私の自分自身を知る旅のはじまりだっ
た。

……つづく

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