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太郎の思い出(第2話)

前回の話「太郎の思い出(第1話)
https://note.mu/hiroreiko/n/n2b45da1203db?creator_urlname=hiroreiko

~下校、父とのあいさつ
下校時のチャイムが鳴ると、そそくさと学校を出た。が、1時間はかかる帰り道を、まっすぐには帰らなかった。むしゃくしゃした気持ちを晴らしたい。そんな一心だった。

駄菓子屋に寄ると、あたたかく迎え入れてくれた。「どうしたんかい? 太郎ちゃん」屈託のない笑顔で話すなつみおばちゃん。くじ付きのお菓子を手にしながら太郎はどれにしようかと迷う。「あ、このでっかいビックリボールが当たるやつがいい。おばちゃんこれ」10円で買える小さなビックリボール、くじを3回引いた。

けどどれも当たらない。一番でかいビックリボールはおだんご並みの大きさだ。小さなビー玉サイズのボールでは跳ねることは跳ねるが、大きさが小さ過ぎて、どこへ飛ぶかわからない。せっかくならでかいのを当てたかった。

「よかよ、持って行かんね」おばちゃんはビックリすることを言ってくれた。「当たりがあと一人出たときはほかのをやるけん」「いいと?」「うん」。なつみおばちゃんは太郎のしょげた様子を察してくれたのか、思いがけないサプライズをしてくれた。

2時間をかけ、トボトボと歩き着いた時間は夕方6時半だった。すでに陽も沈みかけている。太郎は家に入ると、「ただいま……」と小さな声で言った。

「えらい遅かったね」「うん」
太郎の母、まさよは夕食を作りながら話しかけた。まな板の上でさばく包丁の音、味噌汁をゆでる音、ご飯を炊く音、風呂を焚く音……それらの音に母の声はかき消されていった。

テレビを点けると、お笑い番組があっていた。何の気なしに眺めていると、昼の嫌なできごとも忘れて行く。しばしの時間に太郎は心落ち着けていた。

ガラガラ

玄関を開ける音が聴こえた。いつもより早く父が帰ってきた。苦み走った顔、への字に曲げた口、つり上がった三角の目、太郎にとって父はどこか他人のおじさんみたいな人だった。

「おかえりなさい」「……」

太郎の父、キンゾーは中堅会社の部長。年を経て作った子どもだったから周りからは冷やかされた。会社では愛想を振りまく気づかいのできる部長。しかし家では真逆だった。ジキルとハイドのようにまったく違う顔を見せたのだ。

「なんで、用意しとらんとね! あれほど言っておいたでしょうが!」

なんのことを言っているかわからない。だが何か大事な資料を用意しておくようにという意味だろう。母まさよがうっかりして忘れていたことに、父キンゾーは烈火のごとく怒りだした。

ひとたび火が点くと止まらない。延々2時間でも3時間でも罵倒する。しかし母まさよはどこ吹く風という感じでまるで響いていない様子だ。

そんななかでもキンゾーが中断することがあった。NHKのニュースだ。時事問題に興味を持つキンゾーは、ニュースがはじまると、食卓からテレビ方向にくるりとからだの向きを変え、聴き入った。

「静かにしとかんね!」

ちょっとでも周りがうるさくテレビの音が聴こえないと、怒り出す。おかげで周りの家族は父がテレビを観ている最中は小さな声で食事を取るしかなかった。食事のときのマナーを言う家庭は多いが、キンゾーは自らその掟を破るような人だった。

……つづく


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