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「短編小説集」

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自作の短編小説集です。キャバクラ からファンダジーまで。作品によって幅があるので、気に入っていただけるものがあると嬉しいです。
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記事一覧

「10万円と5,000兆円のどっちがほしい?と聞かれたので5,000兆円と即答したらえらい目にあった話」

ベッドで寝てたら女神がいきなり潜り込んできて、「突然ですが、あなたの人生を大きく揺るがす質問です」と言った。 「へ?」とおれは眠ったまま答えた。 女神は耳もとで、甘い声でささやいた。「10万円と、5,000兆円、どっちがほしい?」 「5,000兆円」とおれは即答した。何事も多い方がいい。大は小をかねる。小が大をかねたことはあんまりない。 「5,000兆円…強欲だね?」と女神は笑った。人に聞いといて笑うとか、タチがわるい。 女神はひとしきり笑ってから、まじめな声で言っ

【小説】「どうして小説を書くのか?あるいは米軍と戦って最後にハチ公にタッチしたら勝ち」

シェイクスピアならハムレットが大好きだ。 主人公が逡巡するのも好きだし、最後に**するオチもすばらしい。怒涛のラスト。初めて読んだときは鼻血が出るくらい興奮した。たしかに救いのない悲劇。でも悲劇がどうしてこんなに興奮するのだろう。単純に暗い話を書けばいいのではないらしい。 ああ、わたかった。「人生とは演劇のようなものだ。各々が舞台にあがって、泣いてわめいて去っていくだけだ」と言ったシェイクスピアの名言(ゲーテだったらごめんなさい)を体現しているのかもしれない。人はいずれ死

【小説】「ブッシュドノエルには早すぎる」

非通知で携帯が鳴った。すぐに出た。昨夜のチャット相手のユミさんだと思った。 26歳の元モデルで、ガールズバーで働いている。掲示板でやりとりしてから、鍵のかかったチャットルームに案内して、2人でエッチな会話をするようになった。 ユミさんは言葉を打ちながら自分で触り、感極まると非通知で電話をかけてきた。いってもいい? と聞いてくるので、さんざん焦らしたあとで許可を与えるのが僕の役割だった。 通話ボタンを押して「はい、キクチです」と寝起きの低音でこたえる。カーテンの外が薄暗い

砂漠の月

動物は生きるのに理由がいらない。それがとてもうらやましい。なにも考えずに食べて、なにも考えずに寝て、なにも考えずにセックスする。それで子孫が残ろうと残るまいと、彼らの知ったことじゃない。 僕には理由がいる。すべてに対して。恋にも愛にも誰かと寝るにも、すべて理由がいる。金のため、といえれば収まりがいい。本能で、といえればもっと楽に生きられたのかもしれない。 * 渋谷駅のハチ公口から、PARCOを目指して坂をのぼる。夜もだいぶ更けて、店の明かりも消える。まだ人は多いけれど、

光のない路地裏で

轟音が鼓膜を震わせる。ラブホテルに挟まれた小さな空。そのわずかな隙間に、着陸前の飛行機がゆっくりと過ぎ去っていく。大きな機体から車輪が見える。やがて低い音だけを残して、ビルの陰に消える。空には夕暮れの淡い光がもどる。それは子供のころに見た色と同じだった。地上とは別世界の綺麗さで、そのまましばらく見とれた。 休憩3時間で4000円の看板、クラブの前で開演を待っている人たち、路上に椅子を出して座っている老人、サラリーマンが狭い通りにちらほらと見える、ホテルの前で女の子とバイバイ

【ワンス・アポンアタイム・イン・オニガシマ】 #眠れない夜に

2年前に書いた小説のリライトです。「なんのために書くのか?」という問いがあります。「楽しければいいじゃない」という考えもあったけれど、気がついたら2年が経過していました。僕は進んでいるのか? 違う地点に到達できるのか? 「鬼退治を終えたあとの桃太郎」というテイで、僕は僕の問題を語ろうとしていたのかもしれない。いずれにせよ、僕をひきつける物語には、僕自身が含まれている。1万字あるので、眠れない夜にもどうぞ。 めでたし、めでたし、で終わると思っていた。 桃太郎は苦心惨憺のすえ

【小説】 「悪いのは全部、君だと思ってた」

渋谷のスクランブル交差点で対峙した時、もはや僕に勝ち目はなかった。 Qフロントの真下に彼女がいる。僕は渋谷駅の前、スクランブル交差点を挟んで彼女の真正面に立っている。立ちつくしている、といった方が正しいかもしれない。僕には取れる選択肢が僅かしかない。手に汗をかいている余裕もなかった。 信号が青に変わる瞬間、待ち切れない大勢の人がいっせいに僕の左右から流れていく。 人の波が僕の視線を遮っても、彼女は消えない。そこにあり続けて、何十人、何百人の群れの中でも、じっと僕だけを見

勇者とホストとハローワーク

僕の国では18歳の誕生日をむかえた朝に、勇者になるかどうかを決断しなければならない。 勇者ってなにかって? いい質問だ。これからも疑問に思ったことは、どんどん聞いてほしい。僕も18歳になったばかりの若造で、この世界のことはよく知らない。 でも知らないなりに、知っていることも少しはあって、たとえば、勇者と魔王はかれこれ500年ぐらい闘っている。 人間の寿命が50年で、だいたい30歳で代が変わるので、500÷30イコール16.66‥で、四捨五入して、もう17世代ぐらい死闘

【神話】「太陽はきみを犠牲にしない」

階段をのぼるとき、3つの動物のなかから1つを選べといわれた。 * 道のりは長いから寂しくないように、という計らいらしかった。 「どれにする?」と老人が足元のゲージを指差した。ゲージは3つあった。 「このなかのどれかだ。うさぎ、コアラ、犬。1番人気はうさぎ。次が犬。コアラは日本人には馴染みが薄いせいか、ほとんど選ばれない。かわいそうなやつだ。はるばるオーストラリアから来たっていうのに」 僕はひと呼吸おいてから「コアラでお願いします」とこたえた。 老人ははじめて顔を上

小説 『言葉なんて信じなかった僕らのために』

友だちの名前はわからない、と彼女はこたえた。 営業前の静かな店内。丸いテーブルを挟んで、奥に彼女、通路側に僕が座る。手で卒業アルバムを広げる。彼女からは見えないようにして。 「じゃあ、担任の先生の名前は?」 「知らない」 店長が奥で笑った。両手でバツのサイン。残念そうな顔。久々にモデルみたいな美少女だったから。 「てことは、あなたの卒業アルバムじゃないってことだよね」 僕は穏やかに確認する。彼女の目に敵意が浮かぶ。綺麗な顔立ちだから余計にキツく感じられる。 「ごめ

短編「夢の底で」

豪徳寺ケンくんにはじめて出会ったとき、彼は喧嘩の途中でした。 渋谷のTSUTAYAの1階で、バンドマンと殴りあっていたのです。パントマイムをしているようにも見えました。楽しそう。そのくらい、2人ともお酒に酔っていました。夜の10時近くでした。 バンドマンは、インドの水牛のように痩せていて、スーパーマリオに登場してもおかしくないようなトゲのたくさん付いたジャケットを着ていて、ピタピタの黒いパンツは沼から這い上がったばかりで張りついちゃった、といういでたちでした。ディスってま

【小説】 「ロング・アイランド・アイスティー」

キャバクラのラストで流れる音楽は、優しいバラードが多い。少なくとも私が働いていたちょっと前までは。いまはアレのせいで大変だって聞く。夜の世界を狙い撃ちにしたみたいな疫病で、みんな元気かなって心配になる。でも顔がよくて喋れる子ならライブ配信して投げ銭もらえばいいから大丈夫かな。肉体的におじさんと接しないのはたぶん楽。でも他の部分で削られるか。でもなにかを切り売りしないとお金は稼げない。 新宿駅のライオンの口のまえで声をかけられて、ちょうど同棲中の彼氏と喧嘩したところだったから

【小説】 「はじめてのおつかい」

5歳児なのにIQが180以上あることを母は知らない。 母だけじゃなくて、ディレクターもプロデューサーもカメラマンも知らない。 ADの酒井さんだけは知ってるけど、黙っててもらう取り決めになっている。撮れ高的には、僕がふつうの幼稚園児のほうが視聴者にはウケがいいからだ。 IQ以外はまったくもって、ふつうの幼稚園児だ。顔はあどけないし、身体は病弱で小さいし、靴は「きめつのやいば」のスニーカー。 なまじIQが高いせいで、幼稚園児にあるまじき発言をしちゃったら、見るほうも作るほ

小説 「2月29日」

こんなご時世だからこそ、あえて日記に残そうと思います。 私は、言いたいことがたくさんあるのだけれど、いつも口ごもってしまって、面と向かってはなかなか流暢に話すことができないので、こうして文章に残せることは、ただそれだけで幸せです。 夫が昨日、会社からノートパソコンを持って帰ってきました。「これで、もう、満員電車に乗らなくて、済む」とにんまりと笑みがこぼれていて、なんだか私まで嬉しくなりました。今朝は晴れたので、洗濯をして、ベランダで干した。駐車場の梅の花が、桜のように綺麗