Love Deve #6 「恋とか愛とか好きとか復讐とかもうそんなことはどーだっていいんですただきみとセックスがしたい」



マナーモードの振動に気がつき、無意識にiPhoneを手にとって耳にあてる。はい、とこたえても返事はなかった。半分眠ったままの意識でも、電話の向こうは麗華だとわかった。もしもし、と伝えて、しばらく沈黙があってから、「デブ?」と低い声がした。懐かしい呼び方だった。そうだよ、とオレは目を閉じたまま小さく言った。

「いろいろあって、いま帰り」麗華の疲れた声だった。あ、そうなんだ、大丈夫だよ、オレもまだ外だから。目をつむったままで、麗華のいる空間を感じとろうとする。走行音がかすかに聞こえる。外ってどこ、と聞かれたので、渋谷、とこたえた。

「いまからうちに来て」

抑揚のない声だった。でも有無を言わせない感じが、14歳のころの麗華に似ていた。「麻布十番の、交差点。着いたら電話して」 タクシーのウィンカーの音が聞こえて、麗華と運転手の声が重なり、ドアの閉まる音が響いた。「先にメイク落としてるから」と言って通話が切れた。

液晶に表示された時刻を見たら、午前3時半だった。


オレに何かを考える余裕はなかった。麻布十番の交差点。ただ、それだけだった。また麗華に会える。早く会いたい。会ってあの綺麗な顔を見て話がしたい。話だけでいいのか? いやもうセックスがしたい。麗華の裸を見て、吸いついて、ムシャぶりついて、麗華の腰を両手でつかんで奥までむちゃくちゃ入れたい。

急いで会計を済ませ、道玄坂でタクシーを拾おうとしても空車が通らず、そもそも車が一台も通らず、歩いて109を過ぎたところでやっと見つける。麻布十番まで、と伝えると、「麻布十番だと、ヒルズの前で夜間工事やってるから、迂回した方が早いと思いますけど、どうしますかねえ」と運転手が悠長に確認してくる。なんでもいいから早く行ける道で。


麻布十番なんて行ったこともないので、早いのか遅いのかもよくわからず、20分ぐらいで大きな交差点に着く。外は真っ暗だ。人通りもなかった。麗華からかかってきた番号に発信しても、虚しく呼び続けるだけだった。オレは広い道路に沿って、ひらけてる方に向かって歩いた。立ち止まって待ち続けられるほど、オレの身も心も下半身も冷静じゃなかった。

目線の高さに首都高が走っている。車両が通過する音が夜に響く。しばらく歩いてから、麗華に発信し、また歩いてから発信してを繰り返した。

5回以上かけてやっと麗華が出た。「お風呂で寝てた」さっきよりもハッキリした声だった。寝てても全然いい。電話に出てくれたことに心底感謝する。マンションはどのへん? と聞くと、「目のまえに何が見える?」と麗華が言った。顔を上げて前を見た。

東京タワー、とオレはこたえた。


それ反対方向だから、と麗華が笑って、また交差点まで戻って、今度はちゃんと誘導されてマンションの前にたどり着く。途中のコンビニで、パックに入ったお茶とサンドウィッチとシュークリームを買わされた。久々のパシリで懐かしかった。

全身からみなぎる興奮を沈めて、オレは麗華の部屋のドアを開けた。立っていたのは顔面を白いパックで完全に覆ったスケキヨみたいな人間で、思わず「スケキヨさんですか」とたずねてしまった。

「なにスケキヨって」と麗華らしき声が、口と思われる穴から発せられる。

明日も撮影だけどニキビがひどいからつけてるけど気にしないで、と言われても気になるしスケキヨにしか見えないし性欲がまったくわかないのは麗華の策略なのかもしれない。

部屋は広めのワンルームだった。ベッドとテーブルがあるだけで、女の子の部屋なのにとても簡素だった。テレビがないのは、表向きの理由は見る暇がないからで、本当の理由は仕事を思い出したくないからと言って、さっき買ったお茶を2つのコップに注いでくれた。スケキヨじゃなくて麗華はゆったりとした黒いワンピース姿だった。

床に置かれた間接照明で部屋全体がほのかに照らされていて、中学時代の臨海学校のキャンプファイヤーを思い出した。当時のオレは端っこで麗華の横顔を眺めるだけだった。

「ここでは、静かにしていたいの」と麗華が言って、ベッドを背もたれにして、2人並んで座った。

薄いオレンジ色の光の中で、真っ白な顔だけが浮かび上がり、目だけこっちを見ている。完全にホラーだった。そもそもこのマスクの中身は、ほんとに麗華なのか?

お互いの近況をいくつか話して、中学時代のエピソードをいくつか思い出したあと、2人とも黙ってしまった。

ふいに麗華が、「デブ、もしかして、あたしとエッチできると思った?」と単刀直入に聞いてくる。

「いや、うん、はい」
「あたし彼氏いるから」と鼻で笑った。そりゃそうだ。彼氏のいないアイドルなんていない。彼氏のいないキャバ嬢が存在しないように。

「部屋で会ってるからって、別に何かするとかではないから、勘違いしないで。外で会ったら逆に面倒なだけ」

と言ったあと、麗華は顔をほんのわずかだけオレに近づけて、「デブは、どこからが、浮気だと思う?」と静かな声で聞いてきた。香水じゃない何かの匂いが心をくすぐった。

「セックス、、、じゃなくて。キスしたら、浮気です」とオレは馬鹿正直にこたえる。

「そっか、じゃあ、キスはできないね」と麗華は離れて、でも自分の左手の指先を、オレの右手に絡めてきた。ふれた瞬間、心臓が速まる。

「ねえ、デブ」と甘い声が耳元で流れた。「あたしの前で、オナニーしてみせて」




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