Love Deve #4 「悲しさを かくすには」


こんな暗い話になってしまったことをどうか許してほしい。

ほんとは明るくて楽しくて笑える内容にしたかった。復讐だなんて、ほんとはやってはいけないんだ。復讐にはパワーがあるけど、紛れもなく負のパワーだ。負の感情だけで突き進むと、相手を傷つけるのは当然だけど、自分自身にも同様に深く傷をつける。

大学生になってからも、麗華の夢をよく見た。

夢のなかで麗華は泣いていた。なぜ泣いてるのかオレにはわからない。舞台はたいてい教室で、西日が射している。麗華は無言でうつむいている。いつもは「おいデブ」とすぐにオレを呼んでいたのに、夢のなかの麗華はただ泣いていた。声も出さずに涙があふれてこぼれていた。

当時、図工室と呼んでいた教室は、正式名称は機械工作室で、オレの所属していたパソコン部があった。

コンピュータルームは大きな部屋が別にあったけど、部員はオレ1人だったから(ほんとうは3人いたけど、1人は幽霊部員で、1人は中二の夏に不登校になった)、顧問の西村先生の私物パソコンを使わせてもらっていた。

機械工作室なんて年に数回使うかどうかの教室で、西村先生の私物置場になっていて、東芝製のノートパソコンをLANに接続して自由にインターネットを使わせてもらった。

茶髪の麗華と初めて話したのは中二の秋だった。きっかけは席が隣同士になったからだ。でも、話す、といっても楽しい会話じゃなくて、「おいデブ、教科書みせて」「おいデブ、カバン持って」「おいデブ、生理でおなか痛いからノートとって」といった要するにパシリだった。

パシリでも、オレは嬉しかった。麗華が綺麗だからというのは当然あったけど、オレは友達が少なかったから、単純に誰かに必要とされることが嬉しかった。存在を認められたみたいで喜んだ。オレは笑顔で、麗華のすべての要求に従った。

麗華は他人に媚びる、ということをいっさいしなかった。

クラスの女子がモテようとスカートを短くしてスカーフを曲げて顔を斜めにして「えー」とか「もー」とか「やだー」とか言ってる横で、麗華は「うぜー」「だりー」「キモッ」と不機嫌に吐き捨てて、スカートの下はいつもジャージで、スカーフはたいてい付けていなかった。

クラスの男子はヤンキーみたいで口の悪い麗華を「オトコオンナ」と言って嫌っていたけど、裏ではみんな麗華の顔を盗み見ていたことをオレは知っている。陸上部でスタイルも良くて顔も可愛いから、他校の外見しか知らない男子は、何人も何人も校門前で麗華に告白して玉砕していた。

オレは帰りに麗華に呼び出されて、ガソリンスタンドまでカバンを持つことがたまにあった。

麗華の後ろを歩いていると、男子校のチャラチャラした男子が集団で寄ってきて「おれと付き合えばいいことあるよ」とか言っても、麗華は「いや、けっこうなんで」と顔の前で右手を立てて素通りし、しばらく歩いてから中指を突き立てて「ウッゼー」と歯茎を見せてほんとに嫌そうな形相をする。

「こんなに可愛くてスタイル良けりゃ、そりゃモテるのはしょうがないけどさ」と自分で言うので、オレは苦笑いして「そうですね」とこたえる。
「おいデブ、思ってねーだろ」
「思ってますよ」
「思ってねーだろヘンタイ。思ってんだったら、麗華さんとキスしたいです、って言ってみ」
「れ、れいかさんと、きすしたいれす」
なんで最後口ごもるんだよ、と麗華が笑うだけでオレは幸せだった。

一度だけ麗華が泣きながら図工室に入ってきたことがある。

部活の最中のはずなのに、Tシャツとハーフパンツのまま、顔を真っ赤にして目を腫らして「デブ!」といきなり叫んでとなりに座ってオレに頭をぶつけて肩を震わせて嗚咽した。

女の子が泣くところを、こんなふうに号泣するところをオレは初めて見た。どうすれば正解なのかもわからず、ただ黙っていた。泣いている麗華から汗のにおいがした。オレみたいに臭くなくて、むしろ頭が眩むくらいにいい匂いで、ずっと嗅いでいたいと思った。背中に浮き出た下着の線にドキドキした。

麗華は泣き終わると「あーもう、どーでもいいわ」と顔を上げて、「デブ、ティッシュ」と鼻水をたらす。オレは笑いながら戸棚からティッシュの箱を取り出して何枚か渡す。麗華は豪快に鼻をかんでから、また「デブ、ティッシュ」と言うので笑って渡す。

この時に美少女の定義がわかった気がした。それは、どんなに泣きはらして顔が膨らんで鼻水が垂れてても可愛い女の子のことをいうんだ。

パソコンのモニター画面を見て、「これ、インターネットでしょ」と麗華がつぶやく。中学時代はまだスマホがなくて、パソコンを持ってる一部の人間だけがホームページを作ったりブログを書いたりしていた。

「そうだけど、あんま見ないで」画面の中は、オレが作ったポエムのページだった。麗華はオレの90キロぐらいある巨体を両手で押しのけて、音読し始めた。


    葉っぱを  かくすには  森のなか

    砂を  かくすには  砂漠のなか

    では  悲しさを  かくすには?


画面を見つめたまま「なにこれ、ナゾナゾ?」と聞いてくる。
「あうん、そんなみたいな」
「答えは?」
「わからないです」
「わかんないクイズ出して、世界に発信して、デブは喜んでんの?」
「いや、うん、はい」
ばっかじゃないの、と麗華は笑うので、オレは少しムッとするけど、また麗華か泣き出すので、オレはため息をついて今度は肩をさすってあげる。小さな子供をあやすように。

「デブ、キスしてよ」

麗華がオレの目を見て真剣に言う。オレはまたいつものからかいだと思って、でも今回はタチが悪すぎるから、口ごもりながらも「いやです」と初めて拒否する。

「お願い、キスして」と麗華がうったえてきても、オレはイヤだと言って、上体を離す。イヤなんです。麗華には大好きな彼氏がいることをオレは知っているんです。

「好きなの」と泣きそうな顔で「お願いします」と近づいてくる。オレはとっさに右を向く。麗華の唇が頬にあたる。あまりにも柔らかくて驚くけど、でも、怒りの方が大きかった。

オレは顔を逃して、麗華をにらみ、信じられないくらいの大声を出した。

「彼氏がいるのに好きとかキスしたいとか」その先は言えなかった。おめえ頭おかしいんじゃねーの、人の心をもて遊ぶのもいい加減にしろよ。

オレは肩で息をする。麗華はじっとオレの顔を見ている。

長い長い沈黙が続いた後で、麗華はスッと立ち上がり、オレを冷めた目つきで見下ろして、「そ、わかった」と言って、静かに図工室を出て行った。

そうして1週間後にあのバレンタインデーを迎える。

彼氏と別れたからと手紙をもらって、喜んで会いに行ったらウソで、手足を絶縁テープでぐるぐる巻きにされてオレの心と身体に一生消えない傷を残す。



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