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勇者とホストとハローワーク



僕の国では18歳の誕生日をむかえた朝に、勇者になるかどうかを決断しなければならない。

勇者ってなにかって?

いい質問だ。これからも疑問に思ったことは、どんどん聞いてほしい。僕も18歳になったばかりの若造で、この世界のことはよく知らない。

でも知らないなりに、知っていることも少しはあって、たとえば、勇者と魔王はかれこれ500年ぐらい闘っている。

人間の寿命が50年で、だいたい30歳で代が変わるので、500÷30イコール16.66‥で、四捨五入して、もう17世代ぐらい死闘を繰り広げていることになる。

つまり、僕のヒイヒイヒイヒイヒイヒイ爺さんぐらいから、ずっとずっと争ってるってわけだ。

魔王と。

魔王ってなにかって?

いい質問だ。でも、まだ勇者について答えていないので、魔王についてはおいおいにしてほしい。焦らないで。こんなご時世だから、時間はたっぷりある。

で、まずは、僕が勇者になるかならないかの瀬戸際にいる、今日の話をしたい。

いまからお城に向かえば、僕は勇者になれる。

タイムリミットは正午。太陽が真上にのぼるまで。

お城に向かわなければ、勇者以外の、ありとあらゆる職業に就くことができる。

たとえば、ホスト、テレビ局のAD、キャバクラ黒服、お花屋さん、映画監督、YouTuber、アフィリエイター、F22のパイロット、石油タンカーの乗組員、医学博士、アメリカ大統領、WHOの事務局長。

選択肢は無限に近くある。

こんなにあるのに、僕は18歳の誕生日をむかえた今日、朝、選ばなければならない。

勇者になるか?

そのほかの仕事につくか?

人生で最大の決断が、いまそこに迫っていた。



5AM。まだ太陽が見えない。一睡もできずに朝をむかえた。

よし、YouTuberになろう。

勇者なんて、いまどきじゃない。

剣を握って、重い鎧をまとって、汚くて臭い魔物を倒して歩くなんて、どだいナンセンスだ。

途中で、のたれ死ぬのがオチ。

僕の父みたいに。

父は16代目の勇者として旅にでて、それなりの仲間を見つけて大所帯となり、死闘の末、ついに魔王の居城にたどり着いたらしい。

「Come out, Demon King!」

父は大広間で叫んだ。

魔王はゆっくりとその姿を現わす。みんな息をのんだ。

頭は天高く、スカイツリーよりも高く、雲をつき破って見えず、右手で樹齢5000年の大木を持って振りまわし、左手で杉並区ぐらいの大きさの鉄の盾をかまえ、胴体はアルプスの山々を思わせるような威圧感、右足の親指の爪だけでさえも、ちょっと動かすだけで、戦車50両ぶんの圧倒的な破壊力があった。

勇者ご一行様は、ひとたまりもなかった。らしい。伝聞。

父は僕が5歳のときに、帰らぬ人となった。魔王、おそるべし。

「勇者になって、YouTuberになればいいんじゃん?」

このすばらしいアドバイスをくれたのが、元ホストのヤマギシさんだった。



ヤマギシさんは、現役時代、歌舞伎町のお店でナンバーワンだった。一晩でシャンパンタワーが5回も6回も、その創造と破壊を繰り返したらしい。それだけでベンツの新車が買える金額だった。

いまは引退して、朝っぱらから町外れの非合法の居酒屋で、呑んだくれている。

僕も起床してから、日の出とともに歩いて、ここまできた。もちろん、口にしているのはコーク・ハイ。ではなくて、コカ・コーラだ。

「こいつみたいに、ホストにだけは、ならんといてくださいね」

顔を真っ赤にしたジュリさんが、ヤマギシさんの膝の上で、ゴロンゴロンと頭を転がしながらつぶやく。

目から鱗が落ちるくらいの美少女なのに、なぜか、ヤマギシさんの毒牙にかかってしまった哀れな子羊。

「ジュリ。ホストは悪くない仕事だ」
「たくさんの女の子を泣かせてるのに?」
「泣くことは悪いことじゃない。少なくとも、心の解毒にはなる」
「意味わかんない」

わかんないと言いつつ、膝から降りようとしない。

僕は、やれやれ、と言いながら、2杯目のコカ・コーラを注文しようと、カウンターに向かった。

そのとき、汗くさい男たちが数人、店に乱暴に入ってきた。

「ジュリアーナ・ベッキオはどこだ!?」

店内が静まる。

「ジュリアーナ・ベッキオだ!」

ヤマギシさんが立ち上がって、「ここだよ」と大声で言った。



男たちは腰のサーベルを抜いた。刃渡りは1メートル以上。牛も豚も、ひと振りでまっぷたつにできそうだ。

刀身を朝陽にきらめかせながら、ゆっくりと、ヤマギシさんの席に近づいていく。

「姫」と先頭の男が静かに言った。「夜遊びも、ほどほどにしてください」

ジュリさんは、うつむいたまま動かない。

「王が心配なさっています。我々と一緒に、城に戻りましょう」

「帰らない、って言ったら?」ジュリさんは膝の間から、小さな声を出した。

「泣いても、わめいても、引っ張っていくだけです」

「ぜったいにイヤ!」顔をあげて睨んだ。目に大粒の涙を浮かべている。「あんなところに戻るぐらいなら、あんな退屈な毎日を過ごすぐらいなら、ここでのたれ死んだほうがいい!」

男は無言でサーベルを戻し、ジュリさんの腕をつかもうとする。ジュリさんはヤマギシさんの後ろに隠れた。

カタンっと、部屋の奥で、椅子の倒れる音がした。

背の低い人物が立っていた。真っ黒な服。顔も頭巾で覆われていて、判然としない。

「ひひふー。ひひふー。こんなところに、ござったとはな。姫君がな。幸運なこったって」

不気味な、しわがれた声だ。
死にそうなカエルの鳴き声にそっくりだった。

先頭にいた男が、「あんた、だれだ?」と問いかける前に、首が飛んだ。血しぶきをまき散らして。

絶叫がこだまする。

すぐに、左にいた男がサーベルを振って、応戦する。けれども剣先には誰もいない。あっ、と息を飲んだ瞬間、男の腕がサーベルごと斬り落とされる。

「ひひふー。もろいなあ。もろいなあ。人間なんて、むなしいなあ」

みんな悲鳴をあげて、われ先にと、出口に殺到した。



「ふーんむ。姫君の、顔、はじめましてえ。だれかに、似とるん。アラガキイ? ゴウリキイ? 中の上、ってとこかあ?」

最後の男がサーベルを構え、間合いをとる。「きえーっ!」と、雄叫びと同時に、頭巾のなかの、顔のあるだろう部分を突き刺した。

けれども刺したのは頭巾だけだった。その中身は、すでにテーブルの上にあった。

窓からの光で顔が照らされる。でもそれは、顔と呼べるシロモノではなかった。目も、鼻も、口もなかった。

緑色をした、化け物。

「ひひふーう。うー。うは。朝のラジオ体操にも、ならんなあ」

最後の男も、あっという間に粉々になって、床に散らばった。

魔王。という言葉が頭をよぎる。人間の技じゃない。王家の親衛隊ですら、傷ひとつ、つけられない。逃げないと死ぬ。いますぐに。できるだけ遠くに。

走り出そうとすると、ヤマギシさんの声がした。落ち着いた、優しい、おだやかな声だった。

「ラジオ体操って、第二まであるの、知ってる?」

床に落ちていたサーベルを、ゆっくりと拾う。酔っているはずなのに、的確な動作だった。手に持って、その重さを確認している。

「第二ってさ、しょっぱなからゴリラのかっこみたいなのがあって、おれ、大嫌いだったんだよね。恥ずかしいじゃん? どうせなら、かっこよく生きたいよね。人間ってさ、たしかにもろいし、弱いよ? 死ぬのも、老いるのも、怖い。でも、みんな、あがいて、逆らって、生きてんだよね。それってさ、涙か出るくらい、かっこいいんだよ」

緑色の化け物はヤマギシさんに飛びつき、両手を振りまくって襲った。あまりにも速すぎて武器が見えない。

けれどもヤマギシさんは、簡単にそれらを避ける。なにごともなかったように、顔色ひとつ変えず、息も切らさずに。

「残念だけど、第二を聞く前に、終わっちゃったね」

ゆったりとサーベルを斜めに動かし、化け物を真っ二つにした。

ジュリさんがヤマギシさんに抱きつき、声をあげて泣いた。



僕は走った。正午まであと5分。お城の門番が見える。大声で叫んだ。腹の底から。力いっぱい。

「勇者になりたいんです! 強い、強い勇者に!」

勇者ってなにかって?

いい質問だ。それについては、おいおい、これからゆっくりと、話をさせてほしい。このご時世、時間はたっぷりとあるからね。






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