第4話 「鬼(略)」
サルは風俗が大好きだった。
金さえあれば村はずれの桃色サロンに通った。30分一本勝負。お気に入りは「駒子」ちゃんで、ショートカットの美人さんだった。
サルは興奮のあまり駒子ちゃんの頭を両手で持つクセがあり、「お客さん、女の子の頭を抑えないでくださいね!」と店員に毎回注意されていた。
10分でコトが完了すると、残りの20分はフリートークタイム。
「駒子ちゃん、お店辞めて、僕の彼女になってください」
「サルさんありがとう。でもわたし、このお仕事が大好きだから」
駒子ちゃんの回答が、本当か嘘かはわからない。オニガシマに向かう前夜も、同じように「サルさんありがとう」と言われて別れた。
桃色サロンには美少女が多い。キャバクラはお酒が飲めないとキツイし、そもそも夜の仕事は家族にバレる確率が高い。ヘルス系は客と密室で一対一でハードだし、その点、桃色サロンなら店舗型で店員が近くにいて客を監視してくれる安心感がある。勤務時間も日中帯が多いから、峠のお茶屋さんのアルバイトと外見的には大差がない。
だから風俗産業に入りたての駒子ちゃんのような美少女が多数在籍していた。
サルはオニガシマから生きて帰って、駒子ちゃんにもう一度会いたかった。今度はちゃんと「結婚してください」とプロポーズしようと考えていた。
***
死んだはずの桃太郎が蘇っておじいさんの前に立っていた。
手にした大剣で、脇差と出刃包丁と手裏剣をことごとく弾き飛ばす姿を見て、キジは雄叫びをあげて泣いた。甲高い金属音が3回響き、その余韻が鼓膜を何度も震わせた。
「いやあ、ほんとに気絶してたよ。危なかったなあ」と桃太郎は笑って、大剣を真正面に構える。
黒ジャージが思わず絶叫する。「おまえ! 肋骨がズタボロで死んだはず!」
桃太郎は鎧をめくりあげて腹巻きを見せた。おばあちゃんお手製の、鋼の腹巻きたった。「残念でした。折れたのは肋骨じゃなくて、鎖かたびらでした」
黒ジャージの目が充血していく。両手に五寸釘を構える。ジェラートが、やめろ、と諭しても、黒ジャージにはもはや届かなかった。
桃太郎が一歩だけ前に出る。「おまえを、浦島太郎にしてやろうか?」
セリフが終わる前に、黒ジャージは桃太郎に飛びかかる。桃太郎は幼子をあやすように大剣を振るう。青い体液が噴水のように放出され、ジェラートの目にも入った。しかしジェラートはまぶたを閉じずに一部始終を見つづける。
「竜宮城から戻って、気がつけば、あの世でしたってね」
黒ジャージは目を見開いたまま絶命した。赤ジャージは焦って外に出ていく。ジェラートは飛ばされた刀をゆっくりと拾い上げ、ため息をついた。
「ほんとに。ほんとにバカばっかりだな、この世界は。怒りが怒りを呼んで、恨みが恨みを呼んで、復讐が復讐を呼んで。ただ俺たちは楽しく暮らしたいだけなのにな。《変わらない愛》を求めることが、そんなに愚かなことか? 永遠の愛なんて、どこにも存在しないのか? 俺を救ってくれる奴は、どこにいる?」
どんっ、どどんっと、花火が上がるような轟音が聞こえた。キジが外に飛び出す。100鬼の破壊が開始されたのだ。金棒が頭上を飛び交う。火の手が上がる。黒煙が立ち込める。家屋が次々となぎ倒されていく。
「どちらが死ぬ勇気があるのか、確かめようぜ、桃太郎?」
ジェラートの黒目はもう何も見ていなかった。両手をだらりと下ろし、全身を脱力させて立っている。一見して隙だらけだ。しかし桃太郎にはわかっていた。自分が1ミリでも近寄った瞬間、やつは命を捨てて襲ってくる。今度は桃太郎が嫌な汗をかく番だった。
桃太郎は腰につけた最後のきびだんごを握りしめた。
これが、《桃》の起爆装置だった。
(つづく)
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