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大和路・信濃路 堀辰雄

中学生の時か、高校の初め、何度かチャレンジして、その度に挫折して、最後はとうとう諦めてしまった旅行記のようなものでした。

奈良には何度か行ったことがありました。その世界は知っている気になっていました。でも、堀辰雄さんのダンディな奈良の旅にはついていけなかった。なにしろ、目をつけるところ・興味が違っていて、何だかお洒落で、かっこよくて、ご夫婦仲がよさそうで、互いに愛し愛されしているような空気感がありました。

それを楽しめばいいのだろうけど、私は何を求めていたのか、お寺の説明か、歴史的な経緯か、歴史面白エピソードか、どれも求めていたのではないと思うけれど、旅するお二人が特に何が興味があるとか、どんな思い入れをもって奈良を旅しているのか、あまりわかりませんでした。

だから、すぐに興味を失って挫折せざるを得なかったわけです。

辰雄さんの恋の話でもしてもらえれば、面白かったのかもしれないけど、愛する奥さんと会話しながら、見つけてものを語り合って、二人の世界を作ってるような、そういうのが大事な旅物語だったのでしょう。

信濃路は、中央線を二人で旅して、車窓に広がる風景を語っておられたと思うのです。中央本線は、私の憧れの鉄路であり、夢さえ持っていました。そこにロマンがあるような気もしていた。

なのに、「あれは馬酔木だね」とか、そうじゃないとか、アシビも知らない私に、そんな他愛もない会話を面白がれる権利はなかったのです。

中学生でも、面白がれる人はいただろうけど、鉄道オタクでもある私はまたも挫折します。結局、この本ではどこにも旅できないまま、同じところにずっと止まって、ドラマも生まれないし、私の知っている長野県の姿はちっとも見えてきませんでした。

あれから、何十年を経過したことでしょう。ジジイになった今なら、堀辰雄さんの世界が楽しめるかなあ。少なくとも馬酔木の花のかわいらしさは知っています。でも、馬酔木よりはコブシの方が好きかな。あの破れかぶれの咲き方が好きなんだけど、モクレンの立派な咲き方よりも好きなんですけどね。