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君に幸あれ 第1話 予兆

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第1話 予兆

「なんか最近、身体がだるくって……正直しんどいです」
エマは言葉通り、辛そうな表情を浮かべた。マネージャーである進藤は、その表情に苦笑いをしつつ、彼女の肩にそっと手を置いた。
「年末年始はライブが立て込んでるから、それが終わったらまとまったお休みをあげるから、ね!」
進藤の見え透いた言葉にうんざりするように、エマはため息をこぼす。
「ライブの途中で倒れても知りませんよぉ」
エマは額に滲む汗を拭うと、鏡の前に置いていた経口補水液に手を伸ばす。
「あ、美味しい…….私、ダメじゃん…….」
「ちゃんエマ、次の現場、12時からだから準備よろしくね!」
エマの訴えとは反比例するように、次のスケジュールを挟み込む進藤。
「ちゃんエマって…….いつの時代のマネージャー?」
小声でそうボヤくと、エマは自分の頬を両手で軽く叩き、気持ちを引き締めた。しかし、身体は風邪をひいたように重く、だらしさは抜けないまま。今日のステージは後2つ。
現場が離れているので、若干の仮眠は可能だろう。それだけがせめてもの救いだった。




「それでは、本日最後の楽曲です。『ときめきの時間』、聴いてください!」

本日のステージの最終曲、彼女のデビュー曲のイントロがライブ会場にこだまする。エマも曲に合わせてステップを踏む。会場内には彼女の古参ファンが、しきりに『コール』で声援を送り続ける。
そして彼女が唄い始めようとした刹那!
エマの身体は、足元から吊り上げられるように宙に浮き、そしてステージに激しく叩き付けられた。それは何度も繰り返され、会場は騒然となる。
「おい!大丈夫か!」
「やめて!誰か助けてあげて」
「誰か助けろよ!」
急な展開に会場内は、野次が飛び交い、エマを助けようと壇上に登ろうとする者まで現れた。
そんな中、舞台袖から進藤が駆け込み、激しく上下に打ち付けられるエマを抑えに入った。しかし、彼だけの力では抑え切れず、他のスタッフ、ファン達が壇上になだれ込んだ。
「大丈夫か?」
「抑えろ!」
「なんて力だ!」
エマに集まった男達も、打ち付けられる力に勝てず、彼女と一緒に上下左右、右往左往する。
「きゃああ!」
そして、誰かが叫び声をあげた。
その声は宙に舞い、そして男達の怒号と罵声に掻き消された。

つづく



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