君に幸あれ 第4話 兆し
君に幸あれ 第4話 兆し
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「…….いつも、エマっちの元気な笑顔に励まされて、『頑張れ!』って、背中押して貰ってます! 僕が推すことが少しでも、エマっちの人気と笑顔に繋がることを祈ってます!」
けたたましく鳴り響く着信音に、気を失いかけていた奈央は、目が覚めたよつに我に返った。
エマのスマホは、暗く不安に澱む空気を切り裂くように、金切り声をあげる。
奈央はその着信音に、躍動する何かを感じた。そのスマホを取ろうと、躍起になって男から伸びた触手を振りほどこうとするが、掴めば掴むほどに滲み出る粘液に手を滑らせ、宙に浮いたまま、身動きが取れなかった。
「し、進藤さん! そ、その電話に出て!」
喉元を締め付けられながらも、奈央は声を振り絞る。
しかし、進藤は腰を抜かしたまま、動く事が出来ずにいた。
彼らからは男の触手は見えず、ひたすらに宙に浮き、もがき続ける奈央の姿しか見えない。
半信半疑だった怪奇現象が、まさに目の前で第三者の身に振りかかっているのである。
"それ"が見えない分、余計に恐怖心を煽り、まるで金縛りにでもあったかのように、彼らを恐怖と不安で縛り上げていた。
『ったく! 使えない!』
心の中で毒づく奈央。
尚も触手は彼女の首を容赦なく締め上げ続ける。またもや目の前の世界が、徐々に遠のき始める。
『電話に出なきゃ!』
なんの根拠も無く、そう感じた奈央は、抗う手を緩め、両方の手をそのスマホに向けた。
その刹那!
「あ、あれ? エマっちですか? もうコーナー終わっちゃいました? あ、でも繋がったって事は継続してるのかな? 聞こえてますか? あれ? 電波悪いのかな? こっちが聞こえないだけかな? あ、きっとそうだ。あ、えっと、あの」
誰も着信のタップをしていないのに、急に繋がったエマのスマホ。決してそうしてる筈ではないのに、通話はスピーカーフォンになっており、受話器の向こう側の男の恥じらう声が、高らかに控え室にこだまする。
「あ、エマっち? お誕生日おめでとうございます! えっと、ハンドルネーム『後ろ前太夫』です! えっと、あの、認知して貰えてるかな? 僕の名前に聞き覚えがあったら嬉しいです! いつも元気いっぱいの笑顔と、素敵な歌声をありがとう! いつも、通勤と帰りの車の中で爆音で聴いてて、大熱唱しています――」
極度に緊張した男の声が、エマのスマホから解き放たれる。頼りなさげで、恥じらいに満ちたその声からは、エマの事が『大好き』である事が、ひしひしと伝わってくる。
その声にいち早く反応したのは誰でもない、エマの背後に蠢く男の霊だった。
「びゃぁ!びゃびゃ!」
慌てふためいたように叫び声をあげる男の霊。
尚も電話口では、もう一方の男が嬉々としてエマへの愛を唱える。
「あの時のライブ、実は僕も参加してて、特典会の列に並んだんですけど、会場が20時で退去だったので――」
「びぃ!びぃ!びゃぁ!びゃびゃぶぁぁぁぁ!」
多幸感に満ち溢れた電話口の男の声に、エマの背後の男は急に苦しみ始めた。
そして、幾筋も伸びていた赤い糸状の血管が、ぶちぶちと音を立てて破裂し始めた。
瞬く間にエマはその血飛沫に覆われ、奈央もその返り血を浴び、同様に血塗れになる。
そして、彼女の喉元を締め付ける触手の力が徐々に抜けていくのを、彼女は感じた。
『いける!』
そう確信した奈央は今一度力を振り絞って、その触手を振りほどいた。
触手から逃れた奈央は、およそ3メートルほどの高さから、華麗に舞い降り、壁に突き刺さった祐定を引き抜いた。
「 ノウマク サンマンダ バザラダン センダ マカロシャダ ソワタヤ ウンタラタ カンマン!」
両手で祐定を掴み、呪言を吹き掛けるように唱える。すると祐定から青白い光が放たれ、バチバチと周囲の邪念を弾き始めた。
「ノウマク サンマンダ バザラダン センダ マカロシャダ ソワタヤ ウンタラタ カンマン!」
奈央は幾度となく呪言を繰り返し、祐定の光が赤く切り替わった時点で、エマの背後の男目掛けて走り出した。
「…….いやぁ、でも、エマっちと直接お電話出来るなんて凄く凄く嬉しいです!いつもは配信やSNSでのコメントで、たまにリプ返貰うだけですが、こちらの声が届けられるなんて夢にも思っていませんでした! 抽選に応募してほんとに良かったです!」
電話口の男が、溢れ出るエマへの想いを告げるのに合わせて、奈央はエマの背後の男を、縦横無尽に斬り付ける。
先程とは打って変わって、ザクザクと切り捨てられる男の肉片と、土の根のように無数に伸びていた赤い糸状の血管。
男の身体は瞬く間にエマの身体から切除された。
「びゃびゃぶぁぁぁぁ」
飛び散る血飛沫に男は、悲痛な叫び声をあげる。無数に伸びていた触手も、脚も腕も斬り落とされ、だるま然となった男は、『べちゃ!』という不快音を立てて、床に落ちた。
頭が重さで上半身にくい込み、まるで亀のように埋没させる。
「手間ばっかかけさせやがって! 生前からそんな考え方だったんでしょ? 人の迷惑なんざ考えず、ひたすらに己の欲望の為にしか動かない、この糞野郎が!」
毒づくと同時に、奈央は祐定を男の脳天に突き刺した。
「びゃびゃぶぁぁぁぁ!ぶゃびゃぶぁぁぁぁ……」
断末魔の叫び声と共に、男の身体は散り散りになり、そのひとつひとつが弾けるようにして、『散滅』していく。
その様子を苛立たしげに見つめる奈央は、粘液と血だらけになった祐定を一振りし、その邪念を払い落とした。
怨霊を斬った事で、一層光り輝く祐定。
負の情念を喰らい、その切っ先と刃は研ぎ澄まされ、もはや今回の怨霊など相手ではなくなった。
力なく椅子にもたれかかるエマに近づく奈央。意識は失っていたが、まだ息はある。目立った外傷もなく、しばらくすれば目を覚ますだろう。
彼女の脚元には、まるで仕えるかのように、スマホが落ちていた。その彼女のスマホからは、先程の男が嬉々として喋り続けている。
「…….いつも、エマっちの元気な笑顔に励まされて、『頑張れ!』って、背中押して貰ってます! 僕が推すことが少しでも、エマっちの人気と笑顔に繋がることを祈ってます!」
溢れ出る愛を抑え切れずに、最後は涙後になる男の声。
奈央はその声の主を知ろうと、そのスマホに手を伸ばす。しかし、彼女が耳元にスマホを持ち上げた途端に、その電話は切れた。
「ちっ…….」
その声の主を知りたかった奈央は、ひとり舌打ちをする。
途端、エマがぼそぼそと口を動かした。
「……ありがとう……後ろ前ちゃん……」
そして口角をあげるエマ。
その微笑から、二人の関係性を見た奈央も、心なしか口角をあげる。
つづく
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