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【短編小説】逃げる夢を見る男と見ない男 #シロクマ文芸部

「逃げる夢って見る?」

「なんだよ、急に」

「いや、お前は見るかなと思って」

「決めつけるなよ。見ないよ、俺は」

「マジで?いや、この前飲み会でちょっとだけそういう話になってさ。え、マジで見ないの?」

「しつこいなぁ、見ないものは見ない」

「俺ですら見るのに」

「そうか、それは申し訳ない」

「いや、謝ってもらいたいわけじゃない。純粋にどんな夢見てるのかなって興味が湧いただけ」

「……なるほど。逃げる夢ってお前、どんなの見るんだよ?」

「ちっこいゴジラみたいな怪獣が追いかけてくるんだ。口から何か吐きながらな」

「ちっこいってどのくらい?」

「小学校低学年くらい」

「ちっこいなぁ」

「うん、見た目はあんまり怖くないんだけどさ、逃げちゃうね。口から何か出してるから」

「それで最後どうなるんだ?」

「崖まで追い詰められてさ、飛び降りるか、ソイツと戦うかの二択を迫られるんだ。お前ならどうする?」

「うーん、飛び降りるんじゃないかな。落ちどころによっては助かるかもしれないし」

「落ちどころってなんだよ。落ちたら助からないよ」

「お前はどうするんだ?」

「俺はな、ソイツのこと抱きしめてみた。何か分かり合えるかもって」

「お前らしいな。それで?」

「容赦なく口から何か出されて、うわーってなって目が覚めた」

「なんだよ、それ」

「なんだろうな」

「お前、やっぱりさ、辛いんだろ、俺といるの」

「いや、関係ないだろ、逃げる夢とは」

二人の男の間に沈黙ができて、テレビのニュース番組の音声がそれを埋めた。

さて、次です。
あの痛ましい事件からもう十年。
犯人はいま、どこで何をしているのでしょうか?

「もう、自首しようかな」

逃げる夢を見ない男が独り言のように言った。逃げる夢を見る男はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

「お前、やってないんだろ?逃げる夢も見ないんだしさ」

「まあ、そうだけど」

「じゃ気にするなよ」

「いや、お前が気にさせた気がするけど」

「確かに!」

二人の男は吹き出すように笑い出したが、すぐに乾いた笑いに変わり、やがて黙った。

(839文字)


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#逃げる夢

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