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【短編小説】たぶん、大丈夫

 ひとり娘のヒナ子は四月から小学校に入学したが、まだひとりで登校したことがない。「ママと一緒じゃないと行かない」と毎朝駄々をこねるのだ。もう五月になるというのに毎朝私が小学校まで送り届けている。私は早く何とかしなければと焦っているのだが、夫は「そのうち友達でもできれば大丈夫だって」などと能天気なことを言って私のイライラを増幅させていた。
 ある日曜日のこと。私は、ヒナ子が私と寝る時に使っている大好きなタオルケットを金具の付いた服とうっかり一緒に洗ってしまい、洗濯機から取り出す時に破いてしまった。事情を話すとヒナ子は大泣きしながら、「もうママとは一緒に寝てあげない!」と言うので、私もカッとなって「ママだってもう一緒に小学校行ってあげない!」と怒鳴ってしまった。見かねた夫がさっき買ってきた新しいタオルケットをヒナ子に見せて言った。
「ヒナちゃん、見てこれ!フカフカの新しいやつ買ってきたよ。前のは破れて使えなくなっちゃったからバイバイしよ?」
「絶対にイヤ!」
少し泣き止んでいたヒナ子は再び本格的に泣き始めた。夫のヘタクソなフォローで落ち着きを取り戻した私はヒナ子を諭すように言った。
「ヒナちゃん、タオルケット破いてごめんね。ママも泣きたいくらい悲しい。でもね、破れてしまったら新しいタオルケットを使うしかないのよ。それは分かるよね?」
「……うん」
「パパが買ってくれた新しいタオルケットで今日からまた一緒に寝てくれるかな?」
「うん、いいよ……でも、捨てないでね、私のタオルケット」
「わかった」
私とヒナ子は早速新しいタオルケットでお昼寝をした。私が先に目を覚ましてリビングでコーヒーを飲んでいると夫が声をかけてきた。
「ヒナ子、あのタオルケット、諦めてくれるかな?」
「幼稚園行く前からの思い出がね、たくさんあるから。すぐは難しいと思う。私もそうだもの」
「そうか。ちょっと考えたんだけどね、バスタオルにするのはどう?」
「アレを?いい考えだと思うけど、水吸わなそうじゃない?」
「そっか、ダメか。俺はダメだなぁ」
「ううん、ありがとう。考えてくれて嬉しい」
「あ、そう?よかった。俺もちょっと寝てくるわ」
 翌朝の月曜日。私はヒナ子と一緒に小学校に行く準備をする。
「どう?今日はひとりで行けそう?」
「……ママと一緒がいい」
「はい、これ」
私はヒナ子にハンカチを渡した。
「ヒナちゃんの破れたタオルケットで作ったの。一週間分あるよ。コレを持っていればママはヒナちゃんと一緒。寂しくないよ」
「でも……」
「ハンカチ、匂い嗅いでみて?」
「あ!」
「ママとヒナちゃんとお洗濯の匂いするでしょ?」
「するー!」
ヒナ子は少し考えてから言った。
「ママ、今日はおうちでお留守番してていいよ。たぶん、大丈夫だから」
「うん、待ってるね。いってらっしゃい」
家を出たヒナ子の後ろ姿が頼もしく見えて、私は手に持っていた四枚のハンカチを握りしめた。

(1197文字)


(ひなた短編文学賞、落選)

#短編小説
#タオルケット

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