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朧月夜の告白 #シロクマ文芸部

朧月だったな、そう言えば。



まさみさんとはアルバイト先で出会った。

そこそこ人気のあるレストランで、まさみさんはウェイトレス、僕は皿洗いをしていた。

まさみさんは明るくて誰とでも屈託なく話すのでお客さんの受けも良く、人気があったのだが、人見知りで黙々と皿を洗う僕にも声をかけてくれた。それだけじゃない。いろいろと気にかけてくれて、何度も助けてくれた。

僕は不思議で仕方がなかった。だって下っ端の僕に気を遣っても何の得にもならない。どうしてそんなに世話を焼いてくれるのか。ある日、バイト終わりに勇気を出して聞いてみた。

「まさみさん、なんで僕なんかに構ってくれるんですか?」

「僕なんかって何なの、それ。仕事仲間じゃない。ま、本当言うと、弟に似てるのよね、ミノルくん」

弟に似ているというだけでは納得できなかったが、その場は引き下がった。あまりしつこく聞いて嫌われたくない。
ただ、これ以上僕に関わると、まさみさんに迷惑をかける日がいつかきっと来る。僕は悩んだ末、まさみさんに僕の秘密を打ち明けることにした。まさみさんなら大丈夫だ。誰彼構わず言いふらしたりしないだろう。

「どうしたの?相談があるから一緒に帰りたいなんて。ちょっと積極的じゃない。ふふふ」

「いや、あの、茶化さないでください。僕は真面目に聞いてほしいんです」

「はいはい、ごめんなさい。どうぞ、お悩みをお話しください」

「いや、ここは人が多いし。もうちょっと歩いてから。あ、あそこの公園まで」

「何なのよ、もー」

まさみさんは大人しく公園まで着いてきてくれた。今日でこれまでの関係が失われてしまうと思うと躊躇してしまうが、打ち明けると決めたのだ。まさみさんに迷惑をかけるよりマシだ。僕は社会の端の方でひっそりと生きて行くべきなんだ。

「まさみさん、今日は時間取ってくれてありがとうございます。いや、いつも、僕なんかに構ってくれてありがとうございます。
僕は……今までそういうふうに接してもらったことがなかったから、本当に嬉しくて、このままでいたいけど、でも、僕はまさみさんに関わっていい人間じゃないから、それを伝えたくて……見ててください」

「ちょっと。どうしちゃったの、ミノルくん」

僕は月を見た。満月の月をじっくりと。
身体中の血が騒ぎ出す。獣のような唸り声が出る。
そう、僕は狼男なのだ。狼男がまさみさんと関わっていいことなんてひとつもない。

「グォーーーーッ」

僕は変身を終えた。

「まさみさん、驚かせてしまってごめんなさい。これが僕の正体なんです。だから、もう僕とは関わらない方がいいです」

「え、正体って何?」

まさみさんの冷静な声に面食らった。
それに僕の変身を見て悲鳴もあげないなんておかしい。

「あの、僕の姿を見て驚かないんですか?」

「唸り声は驚いたけど、なんかちょっと毛深くなったかなって感じよ?ほら」

まさみさんが僕の姿をスマホで撮影して、僕に見せた。
本当だ!全体的に毛深くなっただけだ。変身してない。どうして?

「今日は朧月だからね」

まさみさんがさらりと言った。

「もう、いっか。私もね、狼女なのよ。だから、ミノルくんに構ってたの。うふふ。
グォーなんて言わなくてもね、変身できるのよ。今度またいろいろ教えてあげる。さ、帰りましょ」

まさみさんは毛深くなった腕を僕の腕に絡めて、にっこり笑った。

(1360文字)


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