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【短編小説】笑える夏 #青ブラ文学部

 春生はるおは生まれた時から私の言うことを聞かない子だった。

「お昼はチャーハンでいい?」と聞くと「ラーメンがいい」と言い、「今日は暑いからそうめん食べようか」と言うと「ざるそば食べたい」と言うような、端的に言うと面倒臭い子だった。

もちろん親としてはそんな子でもかわいい。そんな子だから余計に言うことを聞いてあげたくなって甘やかして育ててしまったかもしれない。

高校三年生になり、周りの友達が大学受験の準備をし始めた頃、「お笑い芸人になりたい」と言い出した。本人曰く、天性のツッコミの才能があるらしい。私は夫に頼んで止めてもらった。

「春生、お父さんとお母さんを見なさい。ツッコミ芸人の要素はどこにもないだろう。だいたいお前のはツッコミじゃなくて注意だと思うぞ。厳しめの注意。お父さん、友達が泣きそうになってるのを何回か見たし」

「うるさいよ!ツッコミ芸人の要素がないのにツッコミの何がわかるんだよ。俺はお笑い芸人になるんだ!」

夫には春生の説得は無理だと諦め、私は口を出した。

「春生、お母さんは反対はしないよ。お前が言い出したら聞かないのは今に始まったことじゃないから。でも、最近は大卒の芸人さんも増えてるみたいよ。春生は大学行かないなら養成所にでも行くの?」

「養成所なんか行かないよ。大学行ってお笑いサークルに入るし」

「あら、そうなのね」

こうして春生は人並みに受験勉強をして大学に入った。

私は環境が変わって春生の考えが変わることを期待していたが甘かった。春生は本当にお笑いサークルに入ってしまった。大学の講義もそっちのけでお笑いにのめり込んでいるようだ。

そろそろ梅雨明けかなと思い始めたある日、真剣な表情の春生が紙切れを差し出してきた。

「お母さん、学園祭でお笑いライブやるから観にきてよ。これチケット、2枚あるから」

「あ、ありがとう。お父さんと行くね」

「お父さんはセンスないからどっちでもいい。お母さんに見てもらいたい。いま4人組でコントやってて。すげー面白いよ。夏生なつおってやつがいてさ。ボケがキレキレなの。絶対来てよ!」

「わかった。楽しみにしてるね」

当日、夫は仕事で来れず、私ひとりで観に行った。
少し早めに着いて他の組のネタを観たが、なかなか面白い。春生にも少し期待していいかなと思った。

正直、面白いかどうかはどうでも良く、春生の頑張っているところが観れればそれで良かった。

「次は春夏秋冬はるなつあきふゆによるコントです!張り切ってどうぞ!!」

春生の出番だ。緊張で吐きそうだった。舞台に春生と2人の女の子が現れた。あれ、4人組って言ってなかったっけ。

女性2人の会話に春生がツッコミを入れる内容だったが、どこかぎこちなかった。そして、春生のツッコミが厳し過ぎて女の子2人は泣きそうになっていた。観ていられない。今日の晩ごはんは春生が好きなカツカレーを作ろうと思った。

その日、夫は残業で遅くなり、春生と2人で晩ごはんを食べることになった。帰宅してからずっと口を開かなかった春生が言った。

「お母さん、ごめん。俺、出番直前で夏生とケンカしちゃって。アイツ怒って帰っちゃったんだ。次のライブは絶対出てもらうからさ……カツカレー、すげーうまいよ」

やれやれ。笑える夏が来るのはいつの日か?

(1323文字)


※こちらの企画に参加させていただきました

面白そうなので参加してみましたが、終わりの文が決まってるって本当に難しいですね!勉強になりました。

山根あきらさん、企画いただき、ありがとうございました!

#青ブラ文学部
#短編小説
#笑える夏が来るのはいつの日か

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