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建長寺

 建長寺(けんちょうじ)は建長5年1253年に北条時頼が、中国から僧蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)を招いて開山。その後、数回の火災を繰り返し江戸時代に復興再建を得た経緯は近くにある円覚寺(えんがくじ)と似ている。しかし残されている江戸時代の建物の威容に、脅かされる。
 まず、総門を抜けると、「建長興国禅寺」の巨大な扁額(後深草天皇が書かれたと伝わる。後深草天皇の在位は寛元4年1246年-正元元年1260年。正に建長寺開山時の天皇である。額縁の大きさは縦4m 横2.65m)を掲げた三門(重要文化財 東日本最大級)があるが、これは安永4年1775年の再建。円覚寺の山門に比べ、一回り大きくみえる(桁行:けたゆきが三間、梁間:はりま二間は同じであるが、高さが約30M。円覚寺の山門は約20M。やはり建長寺の三門は一回り大きいのである)。三門の右手には鐘楼と梵鐘(国宝 建長7年1255年鋳造)が見える。
 三門と仏殿との間には柏槙の古木がある。これは蘭渓道隆が中国から種を運んだもので道隆のお手植えとされる。そして仏殿、法堂が直列で続くがいずれも重要文化財。仏殿は、徳川二代将軍秀忠の夫人崇源院のご霊屋を増上寺より正保4年1647年に移築したもので、本尊である地蔵菩薩坐像(室町期のものとされる 像高3.715m)が安置されている。その後ろに大きな法堂(関東最大級の木造建築 文化11年1814年再建)がある。その天井には日本画家小泉淳作による雲龍図が掲げられている。
 見どころはまだある。一つは方丈(竜王殿)裏にある蘭渓道隆作と言われる庭園である。もう一つが、方丈の正門とされる唐門である。金の装飾がまばゆいこの門は、徳川二代将軍秀忠の夫人崇源院のご霊屋の唐門だったもので、やはり正保4年1647年に増上寺から移築されたものとされる。
 建長寺へは北鎌倉から徒歩でもよいがバス便を推奨したい(北鎌倉からバスの駅で3つ目)。バス便は北鎌倉から1時間に2本。
 アクセス JR北鎌倉から徒歩あるいはバス。

三門(重要文化財)
梵鐘(国宝)
仏殿(重要文化財)
仏殿の木組み
仏殿内部
本尊地蔵菩薩坐像
法堂(重要文化財)正面
法堂天井画
右が仏殿、その左(仏殿背後)に法堂
唐門(重要文化財)正面

唐門裏正面
方丈(龍王殿)正面
蘭渓道隆の作庭とされる庭園


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