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ウェイド ピケティ現象と格差の将来 RWER, Oct.2014

(解題) ピケティの著書を受けての書評のひとつだが、ピケティの本が持つ、主流派経済学との対抗という側面、さらに政治的な文脈の側面を良く捉えている。なおこのような議論に対して日本国内でよく聞かれる反論は、日本の格差問題は英米ほど深刻でない、というものである。ただこの言い方は格差問題が日本にもあることに沈黙しており、この間、日本の格差問題が拡大していることにも触れていない。日本は高齢化社会で、年金や資産のない高齢者の貧困が無視されていることは、実は大きな問題である。税制にも違いがある。たとえば相続税は海外では金持ちだけを対象にしたものだが、日本では、中間所得層まで相続税で頭を悩ませるいびつな状況になっている。

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Robert H. Wade, The Pikkety phenomenon and the future of inequality, real-world-economics review, issue no.69, Oct.2014  抄訳

(本文)    経済学者やその他の社会科学者は「問題problems」を研究する傾向がある。「争点issues」は研究されず、「当然natural」とみなされる傾向がある。「貧困」「貧民」は問題であるので、膨大な社会科学文献の対象である。格差、所得の集中、超金持ちの振る舞いや影響力は、(争点なので)自然な秩序の一部とされる傾向がある。我々に「貧困の経済学」はあるが、「金持ちの経済学」はない。
 主流の経済学者たちは、格差を全社会がそこから努力と創造性を得る源として強調する傾向があった。また、金持ちへの増税や貧しい人への支援強化を、経済成長を傷付けるだろうとするところがあった。ロンドン・スクールオブエコノミクスの前ヨーロッパ経済学教授で、シテイグループの現主任エコノミストのWillem Buiterは、手短かに共有されている無関心を表明した。「貧困は私を悩ませる。格差は気にならない。私は気にしない。」(Financial Times Feb.17, 2007)。ノーベル賞受賞の経済学者Robert Lucsはより攻撃的だった。「健全な経済学にとり有害なもの、もっとも悪い行為、私の意見では最も有毒なものは、配分問題に関心を寄せようとすることだ。」(May 2004)。初期の有名な新古典学派経済学者のLudvig von Misesは、Ayn RandのAtlas Shruggedにおける、反平等主義、反民主主義のメッセージへの彼の支持を宣言して、1958年にRandにつぎのように書いた。「あなたはどの政治家も語らなかったことを大衆に語る勇気があるー君たちは劣っている、君たちが当然自分のものだとしている君たちの状況の改善のすべては、君たちより優れた人の努力に負っているのだ。」(Frank, 2012)
   保守党の政治家は、長い間、格差とトリクルダウン経済学(訳注 豊かになったもののおこぼれで豊かさが拡大するという考え方。つまり格差をおそれずまず豊かな者を作ることを認める考え方。)を祝福してきた。サッチャー首相は彼女の支持者に保証した。「格差を賞賛し、才能と能力とが爆発して、我々すべてが受益するのをみるのが、我々の仕事である」と。(中略)

1.本書はエリートそして格差に関する支配的信念に挑戦している
    ピケティは読みやすくしかし権威付けるようにauthoritatively科学的方法で格差に関するこれまでの記述上の無関心さに挑戦している。彼が中心に置いたのは、社会の流動性の様な自己安定self-equalibratingメカニズムによる僅かで穏当な抑制を伴うものの、数世紀にわたり所得と富が最上位数%に集中する傾向があるとの観察である。
 この長期の傾向は時々以下の組み合わせにより抑制されてきた。ⓐ戦争、不況、ハイパーインフレ、ⓑ高度累進課税、©生産性と人口の高い比率。最初の二つは、資本所有権についての報酬率を低めた。三番目のものは経済成長率を引き上げ、平均所得の成長率を引き上げた。
 これらの諸力のおかげで、20世紀の中間の数十年、1930年代から1970年代は西欧において、例外的な格差の縮小がみられた。しかし1970年代以来を含む「普通」の状況では、格差を上昇させる傾向が再び現れている。(中略)

課題
 ピケティの著書の鍵となる教訓は、今日とおそらく将来の所得と富の集中の水準は、資本主義は合法性へ核となる主張ーハードワークや企業精神、革新の誘因を提供する、個人の自由を守り十分平等な分配を保証する、諸階級間の社会的合意を維持する、所得目盛りで底にいる人々に保護を与える―を失いつつあるということである。現在以上の英米レベルの所得の集中が経済成長を押し下げる傾向があること、ただ貧しい者だけでなく、社会全体にわたり公共の健康と社会問題の範囲を悪化させることは、十分明らかである。政策の好みが、所得格差を強める傾向がある富める者による政治の強奪を強める証拠も十分明らかである。(しかしまた同時に)社会的費用が社会的便益を上回ることなしに、格差を減らせることの証拠も十分明らかである。
 ピケティの主要な提案ー世界的な富裕者課税ーは、簡単に非現実的とされる。エコノミスト誌は「ピケティの金持ちから吸収することへの集中は、社会主義イデオロギーによるもので、学者らしくない」(Economist 2014)とした。しかしそれは一見そう思われるほど、空想的ではない。合衆国政府は(すでに)どこに住んで働いているかとは無関係にその市民に課税している。(以下略)


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