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リーダーはストーリーを語れというけれども

アメリカのビジネススクールはとにかく厳しかった。厳しいというのは勉強に明け暮れる毎日だったからだ。2年間で24科目を受講する。3ヵ月が1学期であり、まず9月から始まり12月に終わる。これを秋学期という。冬は1月から3月。ちょっとした春休みがあって4月から6月までを春学期という。この間に4科目づつとる。1科目あたり週2回授業がある。1コマは90分と割り当てられている。ならば無理ではないと思うだろう。そんな簡単ではない。

1回90分の授業に対して宿題が毎回大量に出る。それは普通ではないのだ。人事系の授業では組織行動というのがある。その宿題は平均100ページ。多い時には150ページを読まないといけない。気が遠くなる。

他の科目についても分量はそれほどではないにしても簡単には準備できない。時間がかかる。ひとつの授業に3時間くらいは準備と振り返りにそれぞれかかる。そうでないとついていけない。加えてクラスメートとグループワークが課せられる。これにかける時間が半端ではない。意見を戦わせるため合意形成に夜中までかかる。

2月号のダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー。そこに著名な経営学者であるジェイ・バーニーの研究が紹介されていた。タイトルは企業文化の変革はリーダーがストーリーを語ることから始まる。わたしは2月号の中でこの記事がすぐに目に留まった。バーニーのことは知っていたし内容が参考になりそうだったからだ。しかし何度か読んでいるうちにはたしてこの内容は妥当性があるのだろうか。そういう疑問にぶち当たってしまった。

それはビジネススクールとこの研究を結びつけることにはちょっと無理があるのではないか。現実的ではないといえる。その理由は現在のビジネススクールで課せられている高額な学費がある。アメリカでは年々授業料が高騰した。著名な大学院に行くにはとてもお金がかかる。

例えばこの雑誌の英語版の出版元であるハーバード・ビジネス・スクール。そこでの2年間の学費は約3千5百万円である。これを1年360日として1日あたりどのくらいかかるのか。計算をしてみる。すると9万7千円と出る。ざっと10万円かかるのである。土曜日、日曜日であっても一日10万円が消えていく計算だ。

普通に考えればそれだけのコストをかけて卒業後にもとがとれるのだろうか。だれでもちょっとは考えるだろう。しかもこれは大学院2年間での話だ。仕事をして稼いでいるわけではない。

それに大学院にいくには4年間の学部を卒業していなければならない。この4年間でさえ5千万円かかるといわれる。1ドルあたりの円が弱くなっているせいもある。それでも4年間で5千万かけていくというのはたいへんだ。アメリカ人はそれだけの学費を簡単には準備できない。8割は大学に進学することができない状態にある。

教育関連の産業はブームになっている。ハーバード大学における1年間の売り上げは実に1兆4千7百億円にまで達している。授業料だけでなく一般向けに販売されている教材を加えた総売り上げである。こうなるとビジネスといえる。

さてそうしたビジネススクールで学んだ学生がリーダーになる。そこで会社に入ったときに自らのストーリーを語るというのが内容だ。なにか俳優かスポーツ選手のような主人公が登場するストーリーならばいい。しかしこの記事に書かれているのはちょっと首をかしげるような内容だった。

ただ少しだけ書くと賛成する部分もあった。それは企業勤務のリーダーは経営コンサルタントではないこと。何かと価値観は何かとか、課題は何かと騒がない。問題をほじくりだして解決するプロではないこと。そこは賛成する。またやたら調査から始めるではないこと。さらに人事政策から手を付けることはしない。いずれも失敗をするとのこと。これはうなずけよう。

であればどのようなストーリーを語ればいいのだろうか。六つ紹介されていた。ここではわたしが気になった3つを紹介する。その後これはちょっとおかしいのではないかという意見を書いておく。

まずストーリーには自ら登場するとある。他人を主人公に仕立てるのではない。また過去の偉人の話を持ち出さない。ただ以下の事例は少しずれているのではないだろうか。著者はアメリカのジレットを好例としてあげている。カミソリ製品のブランドである。新興国市場向けの製品開発のエピソードだった。状況としてはインドではジレットのシェアはほとんどゼロに等しかった。

それを2年間で18%にあげたというエピソードである。新興国市場の責任者になったアルベルトは社内の反対を押し切って他の幹部とインドに直接乗り込んだ。そこでインド人の生活を観察してどのような商品にすべきかということを持ち帰った。

確かにこれには納得する部分もある。しかしながらビジネススクールの卒業生がインド人のひげそり慣行を調査して帰国。それを技術部隊につなぐ。こうしたことでジレット社内の文化が変わったとある。

そうであったかもしれない。しかしMBAのやるようなことではないようにも見える。2年間3千5百万円、一日10万円を支払って受けた教育の使い道がこうなるとちょっと首をかしげてしまう。

次に社員の感情に訴えかけるとある。プロクター・アンド・ギャンブル、通称P&G。そこの女性ケア部門で働くメラニーの話である。ケア部門の中で彼女が手掛けたのは生理用品のタンポンだった。6年間かけて生理用ナプキンのシェアを10%アップさせた。結果として60%にまで引き上げることに成功したとある。

そこでのアイデアは大人の女性になりかけている少女に向けて「力を与える」というもの。そうすることで日常のちょっとした喜びを感じてもらえる。そのため商品を入れているパッケージ(梱包資材)を真珠のネックレスに変えたとある。はたしてこれで消費者に売れるだろうか。

10%のアップはたいしたものである。しかしこれをビジネススクール卒業生がアイデアとして出して実績にする。相応しいたぐいのものかどうかは検討の余地があろう。悪くはないであろうがストーリーにするほどでもない。

最後はバーベキュー用品メーカーの社長の話である。製品のひとつであるバーベキュー用のコンロがうまく動かない。そんな知らせを販売店であるコストコから電話で受けた。するとコンロを修理するためにユタ州からワシントン州シアトルまで飛行機でとんだ。そこで修理をして牛の胸肉の味付けまで手伝って帰ったという。

これを社長がするのはいいことであろう。そうはいえよう。しかしながらコンロが作動しないというのは販売店に納入する前に欠陥商品であるということがわからなかったのか。一体どういう製造部門を引き受けていたのだろうか。製造部門を指揮できなかったのではないか。

コンロというのはそれほど複雑な機械ではない。機械ともいえるもではなく道具のひとつである。バーベキュー用であってレストランで焼くのでもない。レストランでコンロが動かなかったら大変である。

ビジネススクール。2年間かけて経営のプロを養成する機関であった。わたしは家族を連れて行ったこともあり2年間で千2百万円かかった。そのうち学校関係は6百万円くらいであった。それがいまではかなりお金のかかる大学院になってしまった。であれば卒業後はそれに見合う仕事をするのがよいのではないか。

そしてできればそういったお金だけではなくイメージとしてもよいものを持つことを期待したい。この記事に書かれていた3つの事例はどこかひっかかってしまい説得力に欠けたものだった。