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KURU KURU循環が農村のWAKU WAKUを生む~「KURU KURU」の描く未来

「母なる大地」という言葉がある。豊饒な土地は農作物を育み、それを口にすることで生き物は命をつなぐ。そういう意味で農はやはり「母」なのだろう。2人の「母」が立ち上げたKURU KURUも、子供の幸福な未来を願うように農村の幸福な未来を願っている。


里山に惹かれて移住したが
農業の未来が見えない


ここはJR芸備線向原駅。利用客の減少によって廃線の危機にある路線沿いの駅には3階建ての立派な駅舎がある。建物内には地元住民の写真や絵が飾られたギャラリーや喫茶店があるが、人影はほぼ見えない。廃線の危機にあるという現状からわかる通り、まちは過疎化に苦しんでいる。

芸備線向原駅。立派な駅舎だが人影はまばらだ

「一般社団法人KURU KURU(くるくる)」のオフィスはその駅舎内にある。オフィスとか事務所というより寄合所に近い雰囲気だ。

KURU KURUの事務所。駅の待合室のようでもある

KURU KURUの成り立ちには、それなりの歴史がある。

今回取材に対応してくれたKURU KURU代表の矢野智美(やの・ともみ)さんと理事の森本真希(もりもと・まき)さんはもともとこの地域の人間ではない。2人とも広島市内で暮らしていたが、自然豊かな環境に惹かれ安芸高田市に移住。矢野さんは地元の方から農地を引き継ぎ、一方の森本さんは駅構内で営業する食料品店「フードショップたけだ」を引き継いだ。どちらも高齢化で跡継ぎがいなかったからだ。

KURU KURUを運営する矢野さん(右)と森本さん(左)

まず2019年、農業に関わる女性9人が集まって「Farmers Plus(ファーマーズ・プラス)」というグループを作ったんです。自分たちが生活するまちがどうやったらよくなるだろう、ここは農村だからどうやったら農業をやってる人たちが楽しくなるだろうって井戸端会議みたいなところからスタートして。それで「シェアキッチンがあったらいろいろ作れて面白いよね」って話になったんです

矢野さん

その集まって話していた場所が今のKURU KURU事務所。2021年、森本さん営む「フードショップたけだ」で総菜を作るために使われていた厨房をシェアキッチンに改装した。

食料品店の奥にあった厨房をシェアキッチンに改装

当時抱えていた問題は……私は右も左もわからず農業をはじめたんですけど、やってるうちに「私たちはどこに向かえばいいんだろう?」って考えるようになったんです。今の農家の多くは作物を育てて卸しに預けるだけで、誰が食べてくれてるのかわからない。それだと農業へのモチベーションも湧かないし、このまま里山が続いていくのかもわからない……

この土地を選んで引っ越してきた人間として、私たちは農業の持つ魅力を発信して、今の里山を次の世代に引き渡す責任があるんじゃないか?――そう考えるようになったんです

矢野さん
向原駅のホーム。周辺部は廃線の危機に揺れている

外から来た人間だからこそ、地域の課題を敏感に察知するところがあったのだろう。里山に惹かれて移住したものの、農家の暮らしは未来が見えない。だったら何をすればいいか? 自分たちには何ができるのか?……

「里山アップデート」のため、母たちの模索がはじまった。

KURU KURU循環させて
できることをやってみよう


Farmers Plusはこれまで廃棄されてきた特定米穀「くず米」に目を付け、それを粉末化して商品化する取り組みを開始した。

農村の魅力について考えた時、商品を生み出す力、何かを加工するにしても原料の部分からチャレンジできることはストロングポイントだと思ったんです。それでくず米を粉末化した玄米粉を使ってお菓子を作ってみたり、まずは自分たちで臨機応変にものを作ることからはじめました

矢野さん
まずはKURU KURUを拠点にお菓子を作ることからスタート

翌年には「ひろしまサンドボックス」の「RING HIROSHIMA」に採択され、より多くの人たちを巻き込んでいく。

地元の向原高校が廃校の危機に瀕していて、何か一緒に何かできないかという話になって。それで現役高校生の男の子が玄米クッキーの商品化の実証実験に参加してくれたんです。クッキーは無事に商品化されて地元でも評判になり、彼も県立農業技術大学校への進学が決まって。ほんのわずかかもしれないけど誰かの役に立ったということが、すごく嬉しかったんです

森本さん

RINGの取り組みで、私たちがやりたかったことのひとつの形が見えたんです。私たちが想いをカタチにすることで、1人の高校生の進学が有利に働いたり、地域の人が向原高校の危機を知ってくれたり、いろんな副産物が付いてくる。バリューチェーンじゃないけど、生産から加工、販売までやることで新たな価値が生まれるという成功体験ができました

矢野さん
KURU KURU産の米粉クッキーや甘酒を向原高校の生徒が販売

RINGでは素材の調達から商品開発、消費者の元に届けるところまで経験。「この方向で間違いない!」という確信を得た。それを踏まえた上で2023年6月、シェアキッチンの名前だったKURU KURUを一般社団法人として登録。そして今回の「Hiroshima FOOD BATON」エントリーという流れになる。

とにかくあらゆることを「くるくる」循環させて、この農村でできそうなことをいろいろやってみようと思ったんです。KURU KURUではRINGをきっかけに、向原高校の生徒とお米をテーマにした商品開発に取り組んでいます。KURU KURUとは別ですが、地元で将来の子供たちのために「農園×高校生」「ドローン×高校生」というプログラムもはじめました。私達と同じく取り組んでくれている方々と協力しながら、高校廃校の流れを食い止めるサポートデスクも置くつもりです。この土地で私たちが「わくわく」するためにできることをKURU KURUを中心にやっていきます

森本さん
いろんな取り組みをしたい人たちがここに集まってくる

KURU KURUでWAKU WAKUを創り出す――その事業の中心にあるのが「くず米・米粉」を使った商品開発であり、今回のFOOD BATONでそれは新たな段階に突入した。

くず米を使った米粉で
離乳食を作っていく

 
「Farm to Baby(農園から赤ちゃんへ)」――まずは目指すコンセプトにそう名を付けた。

今回FOOD BATONに参画するにあたり「結局農村で何ができるんだろう?」と突き詰めて考えたんですけど、そこで辿り着いたがの「食べ物を生み出す力」であり「人が生きるために必要な食」。だとすれば、たとえば赤ちゃんのように今まさに成長のために食を必要としている存在に価値のある食べ物を届けられれば、消費者にとっても有益なんじゃないかと思って。私自身も子育て世代ですし、私たちのストロングポイントを探した時、離乳食というものが浮かび上がってきたんです

矢野さん
子育て世代の矢野さんにとって離乳食は身近なものだ

そう、Farm to BabyはKURU KURUが開発・製造する離乳食ブランド。これまで培ってきた米粉に関する技術と、自分たちの創りたい未来のビジョンを掛け合わせた時、離乳食というカテゴリーに行き着いたのだ。

FOOD BATONの1年目である今年は特定米穀を使ったさまざまな離乳食の開発企画を行いました。30秒でできるおかゆ、ホットケーキミックス、甘味料がわりになる甘糀、そして赤ちゃんが食べられる米菓など。今はOEM加工先を探し、テスト製造の段階まできました。来年度は製造を本格化し、販売網を構築する段階に入ります

森本さん
今はさまざまな商品を開発中。濃縮米糀は甘味料の代わりに使用する

RINGからFOOD BATONへ、一段ずつ階段を上るようにKURU KURUの活動も進化を遂げている。

RINGは私たちの想いを焚きつけてくれた場所だったと思うんです。そこで一連の流れを経験することで「ここに可能性がある」ということがわかった。FOOD BATONはその次の段階として「じゃあ実際何ができるのか?」を模索していく時期だと思うんです。関係者の方と話す中でやりたいことがブラッシュアップされ、離乳食というターゲットに絞り込むことができました。想いをカタチにすることは着実に進展していると思います

矢野さん 
商品を作った後、販路を見つけることが次の課題だ

商品開発の大枠が固まった1年目を経て、来年は商品を実際に消費者に届けていくフェイズに入る。販売先を開拓し、原料である農産物が消費者の口に入るまでの流れを作っていく。

そこでどんな反応を得られるか? どんな人たちに出会えるのか?――それはKURU KURUの伝えたい「未来へのメッセージ」がマーケットに放たれる瞬間でもある。

農村に移住した理由を
FOOD BATONで表現したい 


FOOD BATONによって、新たな気付きも得た。

私たちは想いだけあって何も手段がない状態からはじまって、今に至ってます。ただ「これは絶対みんなのためになる!」と思ってやってると、いろんな人が手伝ってくれるんです。新しいやり方を教えてくれたり、子供の面倒を見てくれたり。みんなが私たちのことを認知して応援してくれるんです

それって結局「この地域をよくしたい」という大きな目的が一緒だからだと思うんです。その気持ちがすごく嬉しいし、そういう方たちがいるおかげで「少々のことじゃへこたれられない!」って想いにさせられます

矢野さん
子供たちの未来を考えると、農について考えざるを得ない

誰かがアクションを起こすことで人の循環が発生する。それが活気を生み、気持ちの交歓を生み、ウェルビーイングな体験を産み落とす。これは住人同士の顔が見える里山の方が波及しやすい現象だろう。

もともと先細りだと思っていたところにFOOD BATONというチャンスをいただいて。私たちがWAKU WAKUできる活動をすることで人も集まってくれて、今はKURU KURU循環する規模もどんどん広がってます

農村というのは閉鎖的なところもありますが、そんな中でも行動することでWAKU WAKUは実現できる。何もできないと思っていた私たちでもここまでできたので、いま何かやりたいと考えておられる方はぜひFOOD BATONに参加することをおすすめします

森本さん
KURU KURUは「停滞しない、交流する」というマインドも意味する

私は農家なので、人が生きていく上で農業や農村があってよかったと思ってもらいたいんです。人は生きる上でごはんを食べないと死んじゃうし、農業の価値を見出せる世界を作っていきたい。私は農業がやりたくてここに来たので、その理由をFOOD BATONを通じて表現していきたいと思います

矢野さん

KURU KURUは大げさに言えば、農村で暮らすことを決めた2人の存在証明を懸けた活動なのだ。ここで生きる意味は何なのか? KURU KURUとWAKU WAKU――それが重要なキーワードであることは、もはや言うまでもないだろう。


●EDITOR’S VOICE 取材を終えて

写真を見てもおわかりのように、取材現場には生まれたばかりの矢野さんのお子さん(生後3ヶ月!)が同席。KURU KURUの活動のベースにある「未来を担う子供たちへ」という姿勢が赤ちゃんの存在でさらにリアリティを持って伝わってきました。

インタビュー中は矢野さんが答えている時は森本さんが面倒をみて、森本さんが答えている時は矢野さんがあやすなどナチュラルに分担。ほんと赤ちゃん1人いるだけで、場の空気はめちゃめちゃ優しくなりますよね。尊すぎ。ちなみに私もだっこさせてもらいました。いやぁ、子供好きなもんで!って何アピールなんだか。(文・清水浩司)