旗艦店「牡蠣と肉と酒 MURO」OPEN~「ATORA」2年目の一手
瞬間冷凍技術を使い広島の味を国内外に届けようとする「ATORA」。FOOD BATON 2年目を迎えた今年、新たな動きを起こした。これまで開発してきた自社製品を提供する飲食店を広島市中心部にオープンしたのだ。店長に抜擢したのは飲食経験ゼロでセカンドキャリアを模索する、元プロ女子サッカー選手。ATORAの次なる一手を追った。
インバウンド急増を受け
販売先を飲食店とECに転換
広島市内吉島通りを南に下ったところにある「株式会社ATORA」事務所は1年前と比べて活気に満ちていた。昨年はFOOD BATONの事業補助金で購入した撹拌機や真空機といった食材加工機材を見せてもらったが、人はまばらでまだこれからといった雰囲気だった。
それが今は多くの人が忙しそうに働いている。料理を作る人、それを袋に詰める人、袋を真空機にセットする人……1年前に新品だった機材はしっかりと活用され、次々と商品が箱に詰められていく。立ち上げたビジネスが一定の軌道に乗りつつあることが伝わってきた。
「HIROSHIMA HYBRID DESIGN(ひろしまハイブリッドデザイン:以下HHD)」名義で事業を進めるATORA代表の小野敏史(おの・さとし)さんは、去年からの動きについてこう語る。
ATORAはコロナ禍で困窮した農家を救済するため、2020年に小野さんが設立した会社だ。広島の農家の余った食材を瞬間冷凍技術を使って加工・販売。広島の味を新鮮な状態で国内外に届けることをミッションにしている。
実際ATORAが運営するECサイト「カクイチ横丁」には牡蠣、お好み焼きといった広島の名物から、「陽気」の中華そばなど広島名店の味、広島のフードロスを減らすため規格外野菜を材料にした「Re soup」など、メイドイン広島の商品がずらりと並んでいる。
FOOD BATON 2年目となる今年は商品のラインナップも増え、売り上げも好調。年間目標売上5,075万円のところ、半期ですでに2,920万円を達成した。
だが、この結果は決して順風満帆に得られたわけではない。
時代の変化を察知した迅速なピボットは、スタートアップには欠かせない。世界はウィズコロナからポストコロナへと一変、今はそこに物価上昇と人手不足が折り重なるような状況だ。
そんな中、小野さんは次なる大きな一手を打った。ARORAで開発した商品を直接消費者に提供する飲食店を広島市三川町に出店したのである。
求められているのは
商品ではなく「メニュー」
2024年3月23日、広島市中心部の並木通り近くの平和大通り沿いに「牡蠣と肉と酒 MURO」がオープンした。座席数は16。店名通り生牡蠣や瀬戸内海で獲れた魚、比婆牛、広島産の日本酒などが楽しめる店だ。
ATORAのフラッグショップともいえるこの店の意義はいくつかある。
まずは前述のインバウンド対応。活気づくポストコロナの観光需要、G7によって注目を浴びる広島の食のニーズに応えることは「広島の食価値の最大化と世界と次世代へ」を掲げるATORAにとってまたとないチャンスだ。
一般消費者とのタッチポイントであり、飲食店運営者に対する営業ツールとしての店舗運営。しかしこの店の目的はそれだけでない。もう1つ、まったく違う角度からの付加価値がこの店には仕組まれているのだ。
スポーツ選手のセカンド
キャリアをサポートする
ここで小野さんは横にいた1人の女性を紹介した。名前は櫻田有幾子(さくらだ・あいこ)。彼女はMUROの店長になる人物だが、そのキャリアが少し変わっている。かつて「なでしこリーグ」の所属チームにいたこともある元プロ女子サッカー選手なのだ。
櫻田さんも知り合いのアスリートに食事を作ることはしてきたが、仕事としての飲食業経験はゼロ。しかし店のオープンを間近に控えた今、店長として働くことに不安はないという。
サッカー経験者ということもあるが、浮かんできたのは「チーム」という言葉だった。食材を作る生産者、食材をサーブの直前まで加工するATORA、それを使って店舗を運営する飲食店店員……それぞれが自分の仕事に徹することで、さまざまな効率化が可能になる。
サッカー的に言えば、お店に「やさしいパス」を出すような食品加工に徹するということ。MUROはそうした「チームプレー」を鍛える場としても有効活用されそうだ。
トライアンドエラーを
許してもらい助かってる
FOOD BATON 2年目を終了して、小野さんはこれまでの活動を振り返る。
やってみてから考える、行動しながら修正していく柔軟性は、未来の読めない今の時代、欠かすことのできない資質だろう。
広島産の食材をベースにした冷凍加工食品を広めることで、生産者も嬉しいし、店舗運営者も嬉しい、もちろん消費者も嬉しい、さらにセカンドキャリアを模索する元スポーツ選手も嬉しい……
「三方よし」ならぬ四方よし、五方よしのハイブリッド精神を胸に、ATORAは波の高い飲食の大海原を果敢に泳ぎ続けている。
●EDITOR’S VOICE 取材を終えて
いやぁ、驚きました。取材中、小野さんの隣にいた櫻田さん。何の紹介もされないので最初は「マネージャーさんかな? ATORAの人かな?」と思っていたのですが、新しく出店する店の店長で元プロ女子サッカー選手って。今どきの言葉で言えば元「WEリーガー」ですよ!
櫻田さんは大阪出身で、現在はサンフレッチェ広島レジーナでキャプテンを務める近賀ゆかり選手のサポートも行っているとか。広島食材の味はもちろん、MF櫻田さんの司令塔ぶりを拝見するためにも「牡蠣と肉と酒 MURO」にはぜひ行ってみたいところです。(文・清水浩司)