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新規“半農半X”28歳、東京から移住~「comorebi farm」2年目の共鳴

東京から因島に移住し、WEB編集者と八朔農家という二足のわらじで活動している「comorebi farm」。彼らは「半農半X」というライフスタイルを実践すると同時に、編集業で培ったスキルを用いて日々の暮らしを発信している。同じ価値観の人が集まるコミュニティの形成を目指す彼らに触発され、また1人東京から若者がやって来た。


東京での不眠症が
島では眠れるように


2024年2月、因島に1人の移住者がやって来た。黒川元輝(くろかわ・げんき)さん28歳。東京の家を引き払ってやって来たこの島は9ヶ月前まで一度も足を踏み入れたことのない土地だった。

黒川さんは因島に移住してまだ1ヶ月 ©︎Kazuto Uehara

黒川さんは東京でシステムエンジニアをやっていた。埼玉の岩槻で育ち、小さな頃から自然が好きだった。農業にも興味があり、「いつか自分の食べるものは自分で作ってみたい」と感じていたが、近所の農家に手伝いに行っても自分の意志では何もできず。あくまで夢は「いつか」の話だった。 

風向きが変わったのは都内で一人暮らしをはじめてからだった。黒川さんはフリーエンジニアとしてある会社と契約を交わしていたが、次第に眠れなくなった。どうもこの街の喧噪が自分に合わない……そんな時に思い出したのが「comorebi farm(コモレビファーム)」の小嶋正太郎(こじま・しょうたろう)さんだった。

黒川さんの移住にきっかけになった「comorebi farm」の小嶋さん ©︎Kazuto Uehara

小嶋さんとは何度か顔を合わせていた。 

小嶋さんは因島で安政柑や八朔の栽培を行っている農家である。もともと東京でWEB編集者をしていたが、ふらりと訪れた因島を気に入り、そこに住むことにした。

島は高齢化が進み、畑が余っていた。八朔畑の一部を譲り受けると経験ゼロから農業をスタート。それを本業の編集スキルを用いてSNSで発信するなど「半農半X」の暮らしをしていた。

 黒川さんは東京のクラフトビールのイベントで小嶋さんに会った。農業に興味があったので、いろいろ質問した。身体の不調に苦しんでいる中で再会すると、「因島行ってみようかな……」という気持ちが胸に沸いた。

comorebi farmは積極的にイベントに出店。消費者と交流を図る ©︎Kazuto Uehara

2023年5月、初めて因島を訪れた。島ののどかな雰囲気が自分に合うと直感した。東京よりこっちの方がすごしやすいんじゃないだろうか? でもこれまではずっと関東圏の生活。瀬戸内の島で暮らすイメージが湧かない。それで7月、シェアハウスに1ヶ月泊まり込んで島の生活を体験することにした。

その時は正太郎さんの畑を見学させてもらったり、農作業を手伝わせてもらったり。正太郎さんやシェアハウスの方にいろんな人を紹介してもらいました。そこで島にたくさんの若者がいることを知り、自分も農業をやりながらこういうコミュニティに参加するイメージができるようになったんです

あと、こっちに来たらびっくりするくらい眠れるようになったんです。それで不眠症は環境のせいだと気付いて、より気持ちが移住に傾きました

黒川さん

黒川さんは帰京後、すぐに契約中の会社に相談。リモートワークに切り替えられないか協議を繰り返す。無事に許可が下りたのが今年1月。そして翌月、晴れて因島の島民になったのだった。

東京から移住&半農半X
理想的なロールモデル


言うまでもなく、今回の黒川さんの決断に大きな影響を及ぼしたのは小嶋さんの存在だった。

正太郎さんも東京から来た人で、島にすごく馴染んでたから、移住を決める際はすごく参考になりました

あと、僕も専業で農業をやろうとは思ってなくて。ガッツリ農業で生計を立てるなら、しっかりした準備が必要じゃないですか。でも正太郎さんはWEBの仕事をやりながら農業をやってたので、「こういうスタンスなら自分もできるかも」と思えて。一番理想的で一番わかりやすいロールモデルが正太郎さんだったんです

黒川さん
小嶋さんも東京からの移住組。編集業の傍ら農業を営む ©︎Kazuto Uehara

実際に黒川さんは今、システムエンジニアの仕事を続けながら農業を学んでいる。小嶋さんも編集業と農業を兼業。お互い東京からの移住組で半農半Xという共通項が黒川さんの支えになったことは間違いない。

だが、「先輩」の小嶋さんは細心の注意を払っていたようだ。

僕が心掛けたのは無理に誘わないこと。強引にクロちゃんを説得することもできたけど、それだと絶対長続きしないと思ったんです。「やっぱり最後は自分で決めてもらうのがいい」と思ったので、僕は島のいい部分と悪い部分の両方をちゃんと伝えるようにしました

あとはなるべく多くの人を紹介しましたね。僕らのコミュニティだけだと見方が偏るので、不知火を育てている農家さんとか他の移住者も紹介して。最後はクロちゃんの好きにすればいいと話しました

小嶋さん
島には老若男女さまざまなコミュニティが存在する ©︎Kazuto Uehara

一方で熱意をもって伝えた部分もある。

「クロちゃんが来てくれることによって、こういうことができそうだね」って話はよくしました。僕らの考えに賛同してくれるのなら、一緒に商品開発をしたり、一緒に出店したりもできる。あとクロちゃん自身のブランドを作りたいのならサポートできる部分は多いので、それは一緒にやっていこうという話はしました

小嶋さん

相手の決断を尊重しつつ未来を語る、協力を約束する――この風通しのよさもまた、黒川さんが移住を決断した一因となった。

八朔よりコミュニティを
作ることの方が大事


黒川さんの移住に関して、小嶋さんは「素直に嬉しかった」という。それは今回の動きが、小嶋さんがcomorebi farmを立ち上げた理由や、Hiroshima FOOD BATONに参加した意味を体現する現象だったからだ。

 僕はいま八朔を作ってて。農家としては八朔を作ることが大事だと言いたいけど、個人としてはコミュニティを作ることの方が大事だと感じてます

ただ、このコミュニティが何を指すのかよくわかってなくて。もちろんクロちゃんはコミュニティのメンバーだし、うちの商品をいつも買ってくれるお客さんもそう。おそらく同じような考え、同じような意識を持ってる人の集まりをコミュニティと捉えてるんだと思うんです

小嶋さん
活動の内容を発信することで、近い感覚の人たちが集まってくる ©︎Kazuto Uehara

東京から移住し、因島で八朔農家をはじめたcomorebi farm。彼らは農家を増やし、耕作放棄地を減らすことを目標に掲げているが、それを実現するためのキーワードが「コミュニティ」だ。

人と人のつながり。発信と共鳴と交流と行動。FOOD BATON採択1年目の昨年、彼らは島の魅力を体験してもらうためファームツアーを企画したが、そこには日本全国から近しい感覚の人たちが集まり、情報交換を行っていた。彼らの多くはSNSでcomorebi farmの活動を知った人たちだった。

 2年目の今年発展した部分でいうと、クロちゃんという新規就農者が来てくれたことが一番大きいですね。目指してるコミュニティがじわじわ広がっている感覚はすごくあります。これまで種まきしてたのが少しずつ芽を出してきたのかな、と

FOOD BATONで一番助かってるのは事業計画を作る部分です。僕はお金に関して疎い部分があるんですけど、みなさんが意見を下さるので理想がちゃんと描けるというか、現実味のある夢になってきたと思います

小嶋さん
カウンター右奥に小嶋さん、中央に黒川さん。助け合いながら進んでいく ©︎Kazuto Uehara

確かにFOOD BATON 2年目となる今年、comorebi farmは活動の範囲を大きく広げた。マツダ車の販売店である「アンフィニ広島」が新車成約時の特典としてファームツアーを採用、「代官山T-SITE」「広島PARCO」などのイベントに参加、思想に共感して代々木上原の「ビヤンネートル」、滋賀の「アンテロープ」といった店舗や加工業者との取引もスタートした。

来年は以前から話していた民宿をぜひ設立したいです。今回クロちゃんを見て、ここに来た人が中長期的に住めるシェアハウス的なスペースの重要性を感じたので、そういうプランも用意したいと思ってます

小嶋さん 

comorebi farmに興味を持った人が実際に集える場所を作ることで、より腰を据えたコミュニケーションが可能となる。想いを丁寧に伝え合い、彼らのコミュニティはさらに強固に拡大しようとしている。

コミュニティは
雑多な方が絶対面白い

 
因島に移住した黒川さんは引越パーティの翌日から農場を任され、ここでの「仕事」を開始した。移住から1ヶ月が経ち、小嶋さんのサポートを受けながら不知火の栽培に励んでいる。

東京で不眠症になった僕がここで治ったってことに通じるんですけど、自分がどうやったら心地よく、健康的に生きていけるかをここで実現したいんです。ここには周りの人たちと助け合うような環境もありますからね

その上で、これからの人のためにそういう暮らしがあることを伝えていきたいです。僕も因島周辺だけじゃなく東京などいろんな場所で、いろんな人と関わっていければと思います

黒川さん
島の生活で健康を取り戻した黒川さん。それを発信していきたい ©︎Kazuto Uehara

土に触れ、人とつながり、生き物としての確かな手応えを実感しながら生活すること。comorebi farmの真髄は農作物を作るだけでなく、「オーガニックなライフスタイル」という思想の実践に他ならない。

移住してすぐの頃、正太郎さんとお風呂に行ったんです。そこは外が見える場所にあるんですけど、曖昧な言い方ですけど「夜になるのが感じられた」んです

東京にいると夜寝る時間は自分で決められるじゃないですか。でもこっちにいると外が暗くなるし、自然と活動を止めなきゃいけない気持ちにさせられる。生物としてのサイクルがうまく回りはじめたというか、今はもう完全に身体が入れ替わった感じです(笑)

黒川さん
「夜になることが感じられる」ことが嬉しい ©︎Kazuto Uehara

集まってくる半農半Xのニューカマーたち。「半農」部分が共通の価値観にあたるのなら、「半X」はバリエーション。多様なXが共存することで、さらに未来は面白くなる。

僕はそれがコミュニティのよさであり、コミュニティって雑多な方が絶対面白いと思うんです。わかりやすく言えば、編集者の僕とエンジニアのクロちゃんが掛け算されたらウェブサイトを作ることができる。その掛け算がどんどん広がっていけばもっと面白くなるはずですよね

小嶋さん

因島に根を張りつつある新しい幸福観を追求するトライブ。さらなる化学反応の果てにまた1年後、コミュニティがどう成長しているか楽しみだ。

©︎Kazuto Uehara



●EDITOR’S VOICE 取材を終えて

感慨深い取材でした。因島でcomorebi farmのファームツアーを取材したのが1年前。今年は黒川さんという移住者と一緒にインタビューって、ちょっとした「新生活はじめました、今度は子供生まれました」状態じゃないですか。

これが3年というスパンで支援するFOOD BATONの醍醐味なのでしょう。来年は「子供が歩くようになりました」「あのヨチヨチだった子がこんなに大きく!」みたいな話を聞くことができるのか。だんだん『北の国から』でも観てるような気持ちになってきましたよ。(文・清水浩司)

©︎Kazuto Uehara