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六本木ヒルズにはまだ早い

一昨晩、滅多に行かない六本木ヒルズのレストランで妻と食事をしてきました。今月の20日だか25日だかが期限のギフト券が未使用であることに気づき、慌てて予約を入れたのでした。

ヒルズができて間もない頃は、それでも、子どもたちを連れて蔦屋書店併設のスタバにはよく通いましたが、ヒルズ内のちゃんとしたレストランで食事をするのはもしかしてこれが初めてではないかと。20年前の開業当時、まだ徒歩圏に住まいがあった我が家にとって、ヒルズは近くて遠い場所でした。

今回、吉祥寺から電車を乗り継ぎ来てみれば、しかし、地下鉄六本木駅と六本木ヒルズがほぼ直結の関係にあることに改めてびっくり。駅の1c出口からヒルズ敷地内まで、体感的には徒歩3分(実際には5、6分?)といったところでしょうか。お金持ちの、いつかはヒルズ族! という気分の一端、少し分かる気がしました。

生活の拠点を札幌から東京に戻して未だ2年と少し。依然として都内移動の所要時間が読めずにいる僕は、目的地到着1時間前行動を励行しているのでした。今回、レストランから予約時間を18:15と刻まれてしまっています。念のため、さらに早めに出かけてみれば、現地到着はまさかの16時。食事まで2時間はゆうにあるのでした。

「例のスタバ、久しぶりに行ってみる?」

との提案、一応してはみたのです。

「せっかくの食事、美味しさが減るからここでいい」

妻からの代替案は、森ビル・コンプレックスの狭間に大小の丸テーブルを配したパティオ? とでも呼ぶべき自由空間で時間を潰すことでした。

六本木ヒルズの「自由空間」


いつの間にかペリエを1瓶買ってきて、はーい、と僕の前に置いた妻は、またいつの間にかどこかへと消えていました。さっき来るとき、通りすがりのZaraのショーウィンドウをやけに気にしていましたから、小1時間は戻らないことが容易に想像されます。かくしてヒルズ自由空間にて、しばしのヒロズ自由時間が現出したのでした。

暑かった今年の夏もすでに9月も半ば。さすがにこの時間ともなるとどこからともなく涼しい風が吹き込んできます。隣りの丸テーブルでは、ビジネスマンと思しき茶褐色の男性5、6人が南アジア圏に独特の訛りの強い英語で楽しそうに談笑しています。遠くのテーブルから時折上がる中年女性の奇声も、広い空間に減衰されて、耳障りに過ぎるということはありません。心地良いことこの上ないのですが、ふと我を思うと、目下、この場所に一番似つかわしくない存在なのではあるまいか、と思えて仕方がないのでした。

これがまだ20代や30代の頃なら、この場所に「仕事」を得る野心を強く持ったかもしれません。例えば、それこそヒルズ内に自分のレストランを持つとか?

妻の父は事業家マインドの旺盛な人でして、いっときはJR原宿駅近くに中華料理店とイタリア料理店の2店舗を軒続きで経営していました。が、人繰りに苦労した挙げ句、店を閉めると決めた頃には累積の赤字が5千万円ほどに膨れ上がっていました。

それが、都内一等地の、しかもヒルズ内ともなれば、どれだけ繁盛すれば高い家賃や人件費を吸収して、なおも余りある利益を確保することができるのか。——若い頃、アメリカでMBAを取り損ねた僕には想像だにできません。

これがまだ40代や50代の頃なら、この場所に「住まい」を持つことを夢に描いたやもしれません。

そういえば、ご主人が大金横領の容疑で未だ拘束されているテレビタレント・三浦瑠麗さんの賃貸物件が一つ、空きとなって市場にリスティングされているのではないかしらん。もっとも、家賃に月百万、二百万消えるのは精神衛生上悪いですから、僕なら分譲物件の方の購入を考えたでしょうか。その価格は、最低でも2億? 3億? 振り返れば、これまでの人生、そんな身入りとはとんと無縁でしたが、「40代や50代」、空想するだけなら誰にも権利は平等です。

しかして、60代も半ばのいま、僕にはここで働くことも、住むことも空想することすら無理がある以上、このコモンズとしての自由空間とて勝手気ままに身を置いてはいけない気がしてなりません。

あ、いや、今日このときはいいのだ、と。ジョエル・ロブションは目の前。18:15に1席、きちんと予約を入れています。ただ、夏の終わりの夕暮れどきを過ごすのにこの場所がいくら心地よいからと言って、吉祥寺くんだりからわざわざ出てくるのも違う気がします。六本木ヒルズに通うに心の通行証らしきものは——かつては仮発行のものを持っていた一時期もあったように思いますが——いまや、家中を探してもどこにもないですし、仮にあっても期限はとうの昔に切れているように思います。

再来月11月24日には、今度は麻布台ヒルズを一挙公開するという森ビル。六本木ヒルズにさえすっかり気後れ気味の僕には関係のない話ですから、そこに「自由空間」を探すようなことはしませんが、外国からの投資家やセレブリティの注目をいっときでも日本に向けさせるさざなみにでもなれば、それはそれでめでたいと素直に思います。

さ、次にここに来るのは70代? どんな心持ちで自由空間の丸テーブルに座るのか楽しみだ(ウッソ……)。

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