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理想の木造アパートあります

井の頭公園に三鷹の森ジブリ美術館側から入って、陸上トラックを横目に見ながら直進。玉川上水に架かる小さな橋を渡ると、呼んでる人は呼んでいる「ブローニュの森」に分け入ることになります。森を抜け切る直前の、画家・吉田キミコさんのカフェ「うさぎ館」の右手前に前々からずっと気になる1棟の2階建て木造アパートがありまして。

「ブローニュの森」とは地続き

勝手ながら、我が青春のカトキンアパート(加藤金太郎アパート)になぞらえてシャッキンアパートと呼んでいます。借金アパート? いえいえ、借景値千金アパートです。

三鷹台駅至便のカトキンアパートとブローニュの森のシャッキンアパートとは御池を挟んで真反対に位置し、いずれ劣らぬ吉祥寺重力圏内。長い年月をかけて、それなりに遠くまで来たような気もしますが、吉祥寺Gから一歩たりも抜け出られていないとも言え、なんとも言葉がありません。

さて、目下一番の関心事は、このまさに借景値千金のアパートの家賃は一体いくらなのか、ということ。というのは、それなりに安ければすぐにも借りたいな、と思わないでもないからです。僕にとって不動産「買売」は自分探しの遍路旅のようなものですが、仮にここが借りられたら、あるいはお遍路はあっけなく「吉願(きちがん)」となるやもしれません。

そもそも空きが出るのか、という根本問題が立ちはだかりますが、人生の後半戦をいま一度ここからリスタートが切れたらどんなに面白いか、ウォーキングの途中にシャッキンアパートを見上げるたび、そんな妄想に心躍ります。

窓の造作から想像するに、独身者向けアパートに典型的な1Kと思料します。吉祥寺駅公園口から早歩きでも10分はかかり、近いとは言い切れませんが、行程ぜんぶが井の頭公園内で完結という希少物件。しかもブローニュの森とはフェンス一枚きりの地続きです。そもそも相場観がないのですが、10万はくだらないようにも思えます。それが、まかり間違って7万なら、あ、いや8万でも即手付を打ちに走ります。

ウエストランドではないですが、2階建て木造アパートにあって分譲マンションにないもの、それはまさしく夢、ではないかと。

分譲マンションや建売一戸建て住宅のゴールは、詰まるところ、「住宅ローンを完済すること」です。手段の自己目的化、ですね。結果、多くの生真面目な勤め人は、「完済」の二文字の先にあるはずの薔薇色の世界を想像しながら毎月コツコツ返済しますし、返済のためにあくせく働きます。が、その実、建物と自分自身の経年劣化は如何ともしがたく。長いながい返済が終わった翌日から、今度は長いながい建物と自らのメンテ修行が始まる、といった具合です。

それに比して、2階建て木造アパートは賃貸オンリー(ですよね?)。住人は基本、「脱出すること」に夢を描き、所有しようなどとは夢想だにしません。

加えて、狭い。狭いので、基本、座った位置から手を伸ばした範囲に自分を高めるあらゆるガジェットを配備可能です。それは人によって、本でありパソコンでありスマホでありダンベルでありコスメであり……あるいは爆弾製造の道具とレシピであり? 言葉を換えると、夢が手中にある、との感覚、あと少し手を伸ばせば夢は叶う、という感覚に満ち溢れた日々ということになりましょう。

加えて、意外とあなどれない要素として、隣人たちの生活の気配——それは、家電や上下水道が発する生活音であったり、住人の笑い声・怒号・嬌声・寝言であったり——に満ち満ちていることです。つまりは、独身向け木造共同住宅は孤独を愛する人が、でも、いつもいつも孤独と感じずに済む個人主義貫徹の装置です。夢は一人で追い求めるものでしょうが、同床異夢ならぬ同棟異夢という側面も。漫画家の登竜門「トキワ荘」ではないですが、木造2階建てアパートの隣人たちの生活の気配こそは切磋琢磨に不可欠な要素なのかもしれません。

と、ここまで鼻息荒く書いてきて、若くもない、独身でもない、なのに捨てられない家具や照明だけは売るほどある自分にはたと思い至りました。とてもとても「1K」には収まりきれないモノとコトです。なんならストレージルーム代わりに1枠借りる? いやいやそれには「借景値千金」は無意味ですし、もったいなさ過ぎでありましょう。

例えば、借りるだけ借りて、住みはしない。で、ここならうちから徒歩15分ですから、日々お昼の弁当を持って通う、というのはどうでしょう。お茶したくなったら、すぐお隣りには「うさぎ館」もありますし、御池の反対側にはスタバも。夢のような生活ですが、単純に月10万のコスト増に見合うリターンがあるかとなると……。

「シャッキンアパート」入居の一番の条件は、眼下に広がるすばらしい借景に対する共感力……なんかではなくて、ふだんはただただうちに向かう真面目さ、ひたむきさ、克己心、飽くなき向上心などなどのような気がして、なんだかとてつもなく敷居が高く感じられるのでした。

え、ひょんなことから「空き、出たよ」の吉報がいずこよりかもたらされたら? いやいや、それはまずは内覧を終えてからやおら考えることで、いますぐに結論を出すことでもありませぬ。


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