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【オリジナル小説】令和な日々 女子高生編

令和3年9月7日(火)「好きという気持ち」香椎いぶき


「さっき日々木さんと初瀬さんが来て、モデルをどうするか話したの。自分と同じ舞台に立つのだから他校からのゲストでも見映えとか歩き方とか最低限の水準は求めるって話していたよ」

 わたしが本館にある合同イベントのための委員会室に行くと漣がそう教えてくれた。
 今日は掃除当番があり、その後職員室にも寄っていたのでここに来るのが遅れたのだ。
 キッカも千尋とともにやって来て、「ファッションショーの予算がヤバいことになっているみたい」と口にした。

「ヤバいって?」と尋ねると、「ファッションショーひとつに臨玲祭を越えるどころか1年間の学校行事の予算全額をぶち込む規模だって」と訳の分からないことを言い出した。

 困惑するわたしに「厳密には違うんだけど、臨玲創立120周年記念ってことで大々的にプロモーションしていくみたい。初瀬さんが登場すれば注目を浴びるしね」と千尋が補足する。
 漣は「テレビで放送するかもってふたりが言って、『は?』って固まっちゃったよ」と興奮気味に話している。

「インターネット配信ではなくテレビ放送?」と疑問を呈すると、「生徒会長が若い人の視聴率が見込めるからテレビ局が食いつくかもって計算しているらしいね」とキッカが教えてくれた。

「つまり、合同イベントのほかの参加校にそれを説明しなきゃいけないってこと?」

 わたしは絶望的な声を上げた。
 合同イベント実行委員にも役割分担があり、キッカたちは臨玲高校で行われるファッションショーの準備に当たることになっている。
 一方、わたしは高女と東女という合同イベント参加校との連絡を受け持っている。
 来年ゴールデンウィーク頃を目安に鎌倉市内の有名三大女子高が合同イベントを開催し、2年間に及ぶ新型コロナウイルスの脅威から解放されたことを祝おうという企画だ。
 もちろん今後の感染状況によっては祝うどころではないかもしれない。
 だが、何をするにしても準備が必要であり、この規模のイベントであれば半年以上の時間が掛かることは理解できた。
 プランBというか状況に応じて変更することも想定してわたしたちは準備を始めている。
 それだけでも大変なのに、テレビ放送なんて言われてもまったくついて行けない感じだ。

「学校間の話は大人がやってくれるみたいだけど、生徒間でもそうなることを前提に連絡を取り合って欲しいって」

 キッカの言葉にわたしは自分のこめかみを押さえた。
 瑠菜は大騒ぎして喜びそうだが、みんながみんなそういう反応をするとは限らない。
 他校は何をするかの具体案がようやく形になりつつあるところなので、合同イベントと言いながら臨玲だけが目立つ展開には不満や批判が出て来ることも予想される。

「あんまり難しい顔をすんなって。臨玲の生徒会は優秀だから、困ったことが起きたら全部任せていいんだからさ」

「そうだよ。同じ委員会の仲間なんだから自分たちにも頼ってくれて良いんだよ」

 キッカと千尋が励ましてくれた。
 漣も「なんとかなるって」と微笑んでいる。

「そうだね」とわたしは頷く。

 自分が何でも抱え込んでしまう性格だとは自覚している。
 妹の世話だって両親が望む以上にあれもこれもやろうとして自分を追い詰めてしまった。
 健常者であるという罪悪感と完璧にやらなくてはいけないという責任感。
 すべてを妹優先に考えるようになり、それを親や周囲にも強要した。
 自分の感情を封印することは当然だと捉えていたが、いつまでもその蓋を抑え続けることはできなかった。
 そうしてわたしは家族から逃げ出した。
 同じ過ちを繰り返してみんなに迷惑を掛けることはできない。

 キッカと千尋は自分の仕事に戻って行ったが、漣は何か話したそうにグズグズしている。
 わたしは瑠菜に連絡を入れようと思ったが、その前に漣と向き合った。

「ほかにも何かあるの?」

「うーん……、委員会のことじゃないんだけど……」

 わたしはスマートフォンを机の上に置き、「それで?」と促す。
 口には出さないが、あまり瑠菜との会話を他人に見せたくなかった。

「いぶきは高女の子とつき合っているって聞いたんだけどさ。女の子同士でつき合うってどういう感じ?」

 夏休み中、各校の合同イベントの委員がオンラインで話をした時に瑠菜がわたしとつき合っていると宣言した。
 それ以降、周りからいろいろと言われるかと覚悟していたが、幸い臨玲ではこのことに触れる人はほとんどいなかった。
 だから、ここまで単刀直入に聞かれたのは初めてだ。

「つき合うって言うか……、仲が良い友だちって感じだよ。少なくともわたしは」

「そうだよね」とホッとした顔で漣が応じる。

「ひよりを見ていると、あんな風にイチャイチャしなきゃいけないのかなって思って……」

「わたしもどんなのが普通なのか分からないけど、お互いが納得していればいいんじゃない」

 そう言いながら瑠菜の顔を思い浮かべる。
 わたしの前では一切そんな素振りは見せないが、高校で陰口を言われたりしていないだろうかと心配している。
 彼女に問うと「ないよ」ではなく「大丈夫だよ」と答えるからだ。
 瑠菜の「好き」という気持ちがどれほどのものなのかは見えるものではないからわたしには分からない。
 わたしの彼女に対する気持ちも言葉では言い表すことができないでいる。

「納得か……」と呟いた漣は「親友は何人いてもいいのに恋人はどうしてひとりだけじゃないといけないの?」と言葉を続けた。

「わたしも……」と言い掛けてわたしは口を閉ざす。

 何をおいても最優先に考える存在を恋人と呼ぶのなら、わたしは瑠菜を恋人と呼べるかどうか分からない。
 いまは顔を見るだけで心に痛みが走る妹だけど、彼女に何かあれば瑠菜を差し置いてでも駆けつけるかもしれない。
 そもそもわたしは人を好きになる資格がないと思っていた。
 それを突き崩してくれたのが瑠菜だ。
 彼女には本当に感謝している。
 だが、それでも……。

 黙り込んだわたしに「ごめん。時間を取らせて」と心配そうな顔で漣が謝った。
 わたしは静かに首を横に振る。

「戻るね」と手を振る漣に「力になれなくてごめん」と答えると、「きっとうまくいくよ」と屈託のない笑顔を見せた。

 これが彼女の強さなのだろう。
 わたしは一度大きく息を吐くと、スマートフォンを手に取った。
 こんな中途半端なわたしに瑠菜は誠意を持って接してくれる。
 できる限り誠実にその思いに応えたい。
 そんな気持ちを胸にわたしは彼女に電話を掛けた。


††††† 登場人物紹介 †††††

香椎いぶき・・・臨玲高校1年生。合同イベント実行委員。障害のある妹の面倒を見ていたが、精神的に追い詰められて臨玲に進学するのにともない鎌倉市内の下宿暮らしを始めた。真面目すぎる性格。

網代《あじろ》漣《れん》・・・臨玲高校1年生。合同イベント実行委員。高校進学のタイミングで浜松から鎌倉に引っ越してきた。浜松時代の親友である真夏に告白されつき合い始めたが……。

飯島輝久香きくか・・・臨玲高校1年生。合同イベント実行委員。リーダーシップがあり、いぶきや千尋に請われる形で実行委員に就いた。

六反《ろくたん》千尋・・・臨玲高校1年生。合同イベント実行委員。

初瀬紫苑・・・臨玲高校1年生。生徒会広報。全国的に非常に人気がある映画女優。臨玲再生の広告塔として入学した。

麻生瑠菜・・・高校1年生。鎌倉三大女子高のひとつ高女に通う。いぶきとは同じ下宿で暮らしている。いぶきの持つ、自分の周りにいる女子と異なる雰囲気に惹かれている。

『令和な日々』は小説家になろう、カクヨム、pixivに重複投稿しています。