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学生時代のヨーロッパ旅行(その九、フィンランド)

フィンランドでの目的は、近代建築の巨匠アルヴァー・アアルトの建物を見学することでした。ここでは、予期せぬ偶然からとても素晴らしい経験をしました。

アルヴァー・アアルト

僕は芝浦工業大学で建築デザインを学びました。その中で大きな比重を占めていたのは、大学の教科ではなくて、ゼミ活動として参加していた"建築研究会"でした。この活動には大学に入学した当初から参加していて、毎週の勉強会と先輩の設計課題の手伝いをしていました。
その勉強会というのは、主にヨーロッパの近代建築の歴史を学ぶというものでした。例えば、僕が大学3年時に与えられた研究課題は、近代に入る前の19世紀末の建築ムーブメントを学ぶというもので、我々のグループはオーストリアで繰り広げられた"ゼツェッシオン"と呼ばれる運動の建築家を研究していました。そういった勉強の下地があったために、僕はヨーロッパの建築を実地に見たいと、こんなヨーロッパの旅を企画したわけです。

その勉強した近代建築の建築家の中で、フィンランドで活躍したアルヴァー・アアルトは、巨匠の一人に数えられています。そのスタイルは、ル・コルビュジェの様に理念的なものでも、ミース・ファン・デル・ローエの様に工業的表現でもなく、フィンランドの風土に根差した、とても柔らかい建築というイメージを持っていました。
そして、この建築家の設計した建物を実地に見学できるということに、とても興奮してヘルシンキの街に足を踏み入れました。

ヘルシンキのユースホステルで

このヨーロッパの旅での宿は、主にユースホステルを使っていました。ここヘルシンキでも、到着してすぐにユースホステルを探して、チェックインしました。
荷物を部屋に置いて出発しようとした時に、同室の若者と話をしたのですが、彼も僕と同じ建築を学ぶ人間だと分かりました。そして、彼もヘルシンキにはアアルトの建物の見学に来ていました。彼はフランス人で、大学はすでに卒業し、設計事務所に勤めていましたが、バカンスで勉強のために旅行しているということでした。
この同伴者を得たことで、このヘルシンキのアアルト建築見学ツアーは、俄然アクティブなものになりました。

アルヴァー・アアルトのアトリエを訪ねる

フランス人の彼は、僕よりも英語が達者なのと、既に設計事務所で働いていたので、ヨーロッパでの建築士の仕事の事情に明るかったので、いきなりアルヴァー・アアルトのアトリエを見学に行こうと言い出したのです。これは、僕一人だけでは思いもつかないアイデアです。そもそも、その時点で設計事務所に勤めたという経験もないので、アルヴァー・アアルトのアトリエがここにあるということも知らなかったし、仮に知っていたとしてもそこに見学に行こうとは考えなかったでしょう。

彼と会った翌日に、僕らはアアルトのアトリエを訪ねました。前日に彼が電話連絡をして、見学の許可をもらっていたのです。歴史に残る建築界の巨匠のアトリエが今もヘルシンキに残っており、それを見学することができる。それはとても印象に残る出来事でした。
アアルトのアトリエは、郊外の緑の多いエリアにありました。彼は木による家具をたくさん設計していますが、このアトリエの佇まいからも、自然の緑の中にいるのが好きな様子が伺えます。

建物の中は、流石に設計業務をする作業室は入れませんでしたが、模型の置いてある大きな吹き抜けの部屋に通してもらい、簡単なブリーフィングを受けました。と言っても、僕の英語力では彼らが何を言っているかはよく分からず、ああこうやってヨーロッパの建築家たちは英語でコミュニケーションをとりながら、いろいろな国の人たちが一緒に仕事をするんだろうなという感慨を持ったというところです。

このフィンランドは、ヨーロッパの中でも特異な国です。ヨーロッパの多くの国が、ラテン・ゲルマン・スラブ系の比較的近い系統の言葉を話すのと違い、フィンランドでは全く異なるトルコ語系統の言葉を使っています。ヨーロッパの人々にとっては悪魔の言葉と呼ばれるほどに隔たっている。そして、この国の環境は湖が多く森林にとても恵まれている。
その様な文化的背景があるのが関係しているのだと思いますが、アアルトの設計する建物は日本人の感性にとても通じるところがある様に思います。
白い建物で、内装も白。そこに木の家具が置いてあるという佇まいも、とても親しみやすく感じました。

アルヴァー・アアルトのアトリエ
これは製図室の中でしょうね。

ラウタタロのオフィス

ヘルシンキ市内にもアアルトの設計した建物があるというので見学に行きました。
この吹き抜けに設けられたトップライト。これはアアルトの設計の特徴です。直射日光を直接取り込むのではなく、側面から間接光にして反射させて室内を照らす。それでとても柔らかな光が室内に広がります。

Rautataloのオフィスエントランススペース

フィンランディア コンサートホール

ヘルシンキにあるアアルトの建物で代表的なものは、フィンランディア コンサートホールです。この建物は、ヘルシンキ駅のすぐ近くに位置しており、列車で駅に入る時に、この特徴的なヴォリュームを車窓越しに見ることができます。
この建物も白い外壁が特徴的です。水平線を強調した低層部に、大きく量感のあるイメージを柔らかくしたいのでしょう、3つに分割したフライタワーが立っています。このリズミカルなヴォリュームの表現がアアルトの建物の特徴ですね。威圧的にならない様、優しい佇まいの建物を常に設計しています。

ただし、この建物の中を見学することは許されませんでした。フランス人の彼が、わざわざ日本からの見学者が来ているのだから是非見学させてくれと、お願いしていましたが無理でした。今であれば、コンサートチケットを買ってでも中に入ったでしょうが、学生であったその時はそんな風に考えが及びませんでした。それは今でも心残りです。

ホワイエ部分の外観の表現
背面から見ると横連装窓になっています。

ヘルシンキ工科大学オタニエミキャンパス

ヘルシンキ郊外にもう一つアアルトの代表的な作品があります。ヘルシンキ工科大学のオタニエミキャンパスです。調べてみると、この大学は今は"アアルト大学"と改名されている様ですね。それだけ、アアルトの存在がこの大学にとって偉大であったのでしょう。

この大学キャンパスで印象的だったのは、赤レンガ色で統一された色彩イメージと、扇形に設計された講堂のデザインです。1人の建築家の統一されたデザインヴァキャブラリーで計画されたキャンパス。建築家の仕事としてこの様な規模のプロジェクトを任されることがあるのだと、とても驚きました。



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