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「天上の葦」 太田愛 角川文庫

 今年出会った本の中で一番印象に残っているのがこの小説です。出会ったきっかけは、TBSラジオ「久米宏のラジオなんですけど」のゲストコーナーで作家の太田愛さんがメディア論を交えて社会の問題について語っておられたのを聞いて、戦時中のメディアのありようと安倍政権のあり方の議論があったのと、久米宏さんの「一級の娯楽作品」という推薦が心に残ったためだ。

 読み進めていくと天を指差して渋谷のスクランブル交差点で老人が亡くなるところから始まり、その不審死に注目した政治家や警察組織、マスコミの思惑に鑓水、相馬、修司の3人が巻き込まれながら、謎を明かしていくというストーリー。

 まず引き込まれたのはそれぞれの登場人物の来歴がとても深く設定されていること。メインの登場人物のみではなく、ワンポイントで出てくる何人もの人々の過去や人と人の繋がりが詳しく示されていることで、物語の厚みが増しておりそれぞれの人の行動が深い説得力を持って示されていた。さらに政治家の意向をマスコミが忖度する構図の中で真実を報じようとするジャーナリストを嵌めようとする罠があったり、マスコミの忖度のあり様を知った老人が大本営発表をただ報じ続けた戦時中のメディアの強い反省に立ち返る様子、戦時中のメディアで実際に何があったのか、が克明に表現されていた。さらに戦争中の人の繋がりから瀬戸内海のある島に舞台が移り、3人が謎を解いていくという舞台転換も目まぐるしく、3人には必ず追っ手の影があることでさらにスリルが増しており、全く飽きることなく読破するに至った。まさに「一級の娯楽作品」だと感じた。

 また、政治家の無言の圧力をマスコミの上層部が忖度してしまうことの危険性や、政治家と結びついた警察組織が権力闘争の中で一般市民の言論統制をしてしまう世の中をとてもリアルに描いている点についても、近年の日本政治とメディアの関係を見ると近い将来に起こる可能性のある様子だと強く感じた。

 マスメディアが戦時中のあり方に対する深い反省の中で、矜持を持って権力と向き合うことの重要性を初めて具体的なイメージとして実感するに至ったし、お気に入りの報道機関を贔屓するような、報道の自由を軽視する態度を示す現在の政治家のあり方に大きな疑問を感じた。

 自分の中で、「マスコミは力不足に見えたとしても彼らが頼りなのだからしっかりサポートしていく」という考えを持つに至った要因の一つになった。

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