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別れたと思っていたら、

タバコを辞めてもうすぐ一年が経つ。

禁煙アプリでは今日時点で6,476本禁煙し、174,853円の節約ができているらしい。俺は禁煙に成功したと言えるだろう。意志の強さ、としておきたいところだが、飲みに行く(私は飲めないので正確には飲み屋に行く)機会が激減して誘惑がなくなったのも一因であることは認める。

禁煙に成功したいま、俺にとってタバコとは何であったかということを一度総括する必要があると思っていた。大袈裟。ではあるが、このまま遠い人になってしまうには、あまりに一緒に居過ぎたのだ。

付き合いは長かった。大学生のころからだから二十年ほどの付き合いになる。あの頃はまだ大学構内で吸えた。教室では見たことがないのに喫煙所(仕切りすらなかった)だけで見る同級生が何人もいたな。新入社員のころはまだ移動のタクシーで吸えた。ミスばかりの打ち合わせが終わって飲みにいって叱られたり励まされたりした後の独りのタクシーで吸う一本は美味かったな。独身のころは一人暮らしの家でも吸った。とにかく朝起きたら遅刻しそうでもまずは咥えていたな。

これはあくまで個人的な連れ合いとの話、のようなものだ。そいつが誰かにとって良いやつか悪いやつかは知らない。一人ひとりの「誰か」が決めることだということは重々分かっている。これはあくまで俺にとってどうだったかという話だ。

では俺にとって、良いやつだったのか、悪いやつだったのか。正直まだ分からない。この文章も中盤だし、まだ分からない。でも確かなのは拍子抜けするほど簡単に禁煙ができてしまったということだ。お互いに執着がなかったのだと驚いた。

あれほど必要だと思っていたのに、俺の人生から簡単にいなくなった。代わりに喫煙者には縁のなかったスタバに毎日行くようになり、タバコとほぼ同じ値段のラテを飲むようになった。タバコに代わってスターバックスラテが俺の人生にやってきたのだ。ハロー、ちょっとまだ煙たいけどよろしく。
よくタバコは句読点だと言われた(ほんとか)。句読点のない文章が読みにくいように、喫煙者にとっては毎日が読みやすくなるのだ(もちろん句読点が多すぎる文章は読みにくくなるのだが)。

ではスターバックスラテが句読点にならないかというとなる。もちろんなる。タバコによる句読点が手書きで味のある句点や読点だとすると、ラテによる句読点は(もうそれはピリオドと呼びたくなるが)いつも同じ場所にきれいに置かれる句点や読点である。それぞれにその時の自分が求めた句読点がある。「読みやすい毎日」がある。

ただ、俺は今日もスターバックスラテを飲むとタバコを思い出す。吸いたくはならない。思い出すのだ。どんな人にも「会いたくはならない。思い出す。」いう人がいるように。

―あなたとは長く一緒に居たのに、ちゃんとした別れ方もせずにもう交わらなくなったね。だからいまこれを書いているんだ。最後のキスはタバコのフレイバーなんて素敵な歌もあるけど、あなたとの最後のキスはそりゃもうものすごくタバコだけのフレイバーだったよ。たまに街であなたの香りがするときもあるんだ。なんかおかしいんだけど、昔よりあなたの香りに敏感なんだ。すれ違う誰かが吸っているあなた。いまは別々の道を歩いているけど、少しだけ俺にまとわりつくあなた。大丈夫。俺にもいまは新しい句読点がいるんだよ。スターバックスラテっていってね、あなたは行くことのできない場所にいる子なんだけど、良い奴なんだよ。え、その子を見て私の事を思い出すなんてやめて?そうだよね。スターバックスラテに失礼な話だよね。違う?そういうことじゃない?

―その子は私なの。欠かせないものは変わるのよ。赤ちゃんのおしゃぶりからはじまって、涙を止めるために抱きしめたぬいぐるみとか、放課後遊ぶときは必ずかぶった野球チームの帽子とか、受験勉強中に聞き続けたCDとか。ぜんぶ私なの。タバコを吸う前から「私」はあなたのそばにいて、いまはスターバックスラテになっているだけなの。

という会話を今日もスタバで一人二役演じていた、ような気がする。

いつかまたスターバックスラテを卒業する日が来るのだろうか。そのとき「あなた」は何に姿を変えるのだろう。楽器かもしれない。盆栽かもしれない。アロマかもしれない。枕かもしれない。またタバコ、ってことはないだろうけど、何であってもどこで息継ぎをしていいか分からないような、読みにくい毎日にならないように「あなた」は必要だ。

蛇足をひとつ。今日の帰り道。道端のベンチで「プレゼント交換ここでしよう」と話している小学生の女の子ふたりがいた。少し会話が聞こえた。たぶん特別な日ではないのだろうが、たまにこういうことをしているといった様子だった。交換したあとひとりが「ありがとう。鉛筆削るの、楽しみだな」と言っていた。

大好きな友達にもらった鉛筆削り。きっと「あなた」はそこにもいる。

#コラム #趣味 #タバコ

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