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[スペイン語通訳者インタビュー]丸山啓子さん(1)

こんにちは。イスパニカの本橋です。こちらは、スペイン語通訳者として活躍している方々の姿をお伝えすることを目指した連載です。毎週金曜日に更新しています。

インタビューさせていただいたスペイン語通訳者のお二人目は、丸山啓子さんです。キャリアは間もなく半世紀。日本でのスペイン語通訳者として草分け的な存在です。

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◎丸山啓子(まるやま けいこ)さんプロフィール
広島県因島市(現在尾道市因島)生まれ、広島県立因島高校卒、上智大学外国語学部卒、マドリード大学外国人課程卒。藤田観光の専属観光通訳9年を経て、オルビスインターナショナル(ポルトガル、スペイン語翻訳会社)をブラジル日系人の夫と共に設立。長男誕生後はフリーランスの会議通訳者として35年以上。「現在は息子2人、孫(2歳男子)1人、通訳、翻訳、孫育てと、あいかわらずいそがしいです。孫にはバーバと呼ばせずアーバ(ポルトガル語で祖母)と呼ばせることに成功しました。」

※タイトル部分の写真は2008年撮影。

* * *

――今日は、丸山先生のスペイン語通訳者としてのこれまでのお話を聞かせていただくということで、よろしくお願いします。

私のしてきた通訳者の仕事の話っていったらすごーく長くなっちゃうと思うんですけど、まあ私としては普通の生活をしてきたというか、ど田舎にうまれて都会に出てきて、ちらっと留学して、それでいちおう最初は会社に入って、でも子供が生まれたから仕事のしかたをスイッチして、そこから通訳を始めて……っていう感じなのよね。自分では、ばりばりやってきたというよりは、そのときどきの自分の状況に折り合いをつけながら、細く長くやってきたっていう感じなんです。

でも今、こうしてこの年になって、やってきてよかったなあと思ってますよ。いい通訳者人生だったなあ、と。

私は瀬戸内海の因島で生まれたんですよ。なんでそういう人間がスペイン語をやってるんだって、昔はよく言われましたけどね。高校まではその島にいたから、外国人なんてひとりも知らなくて、大学に入るとき、都会に住んでいる高校生は私よりずっと先を行ってるだろうから、英語じゃなくてスペイン語なら、入学と同時に「よーいドン」で一緒にやっていけるんじゃないかって、そう思ったんです。

とはいっても、入学試験を受けるときにはまだスペイン語を勉強するってしっかり定まってたわけじゃなくて、慶応はフランス語、上智はスペイン語で受けて、東京外大はインドネシア語かなんかで受けてましたね。早稲田なんて外国語学科でもない新聞科を受けたし。でも当時は女性の新聞記者って活躍できるイメージじゃなかったし、フランス語はきっと私よりずっとよくできる人がいるに違いないと思って、それでスペイン語を選んだようなものです。

進学先として上智大学を薦めてくれたのは高校のときの英語の先生で、特に会話が上手な先生ってわけでもなかったんだけど、その先生がご自宅で塾をされてたのね。その塾っていうのが、最初は5, 60人の生徒が勉強しに来てたんだけど、毎日テストをやって、そのテストに3回落ちると「あなたもう来なくていいわよ」って言われてしまう塾で。卒業のころには数人しか残ってなかったんです。その先生から、上智っていい大学だよって言われて。でも、両親は「そんな大学だれも知らないじゃないか。もっと有名な大学に行けばいいのに」って言ってました。そのころから親とはいろいろなあつれきがありましたね。

(第2回に続く)

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