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米議員の心をつかんだ岸田スピーチの解読

アメリカを公式訪問した岸田文雄首相の英語スピーチが好評です。11日(日本時間12日)に米議会上下両院の合同会議で行った演説では、ジョークを交えて笑いを誘い、日米の結束強化を訴えると、議場は大きな拍手に包まれました。
 
何が米議員の心をつかんだのか。十数回のスタンディング・オベーション(総立ちの拍手)が起きた演説をライブ配信したNHKの放送を見終わると、そんな疑問が頭に浮かんできました。

議場でスタンディング・オベーションを受ける岸田首相=首相官邸HPより。

 英語が特にうまいわけではない。

英語コーチングスクール「トライズ」を運営する三木雄信社長によれば、演説に出てきた英単語の難易度は、どれも「大学共通テストくらい」のレベルだそうです。でも、「欧米におけるスピーチの典型的話法に徹したことで、米議員からも共感や賛同を得たのでしょう」と分析しています。


堂々とした振る舞い、自信たっぷりの訴え、分かりやすい発音……。拍手喝采を浴びるたびに、「キッシー、やるじゃん」と誇らしく思いました。英語スピーチの専門家らのアドバイス受け、事前に積み重ねた練習が成果にあらわれたのだと思います。

孤独な超大国アメリカの苦悩に理解を示し、寄り添う首相

では、英語力はともかく、演説内容のどこが、どんなメッセージがアメリカの議場で受けたのでしょうか? 日本の国会では、キッシーよりも「検討使」や「増税メガネ」、「ばらまきメガネ」といった、あだ名がふさわしい答弁しかしていないのに!

それを解くカギは、スピーチ冒頭の一節にあると、わたしには思えます。

ほぼ独力で国際秩序を維持してきた米国。そこで孤独感や疲弊を感じている米国の国民の皆様に、私は語りかけたいのです。そのような希望を一人双肩に背負うことがいかなる重荷であるのか、私は理解しています。
I want to address those Americans who feel the loneliness and exhaustion of being the country that has upheld the international order almost singlehandedly. I understand it is a heavy burden to carry such hopes on your shoulders.

訳は、外務省による仮訳

偏見かもしれませんが、この5、6年、日本人が思い描くアメリカ像はひどく歪んでいるように見えます。

ざくっと言えば、国力は落ち目なのに、今もまだ例外的な力と徳を併せ持つと思い上がり、ときに独りよがりの行動に走る「驕れる超大国」というイメージなのではないでしょうか。世間では、そんな超大国に反感を覚え批判する言説か、忖度し、おもねる言説しか流布していないようです。

ところが、アメリカには――とくに外交・安保のエリート層には、世界を引っ張る民主主義のリーダーであるがゆえの苦悩と、称賛への渇望があります。わたしは、かつて拙書で「千辛万苦する姿も理解しなければ、同盟相手の実像に迫ることはできない。パートナーと真の対話をすることはできない」と指摘しました。

(現代書館、2018年)

まさに、この点を岸田首相は突いたのです。孤独なリーダーの苦悩と承認欲求に理解を示し、アメリカは「独りではない。日本もアメリカと共にある」(You are not alone. We are with you !)と、寄り添う姿勢を前面に押し出しました。

他国の首脳がアメリカの要人に、超大国アメリカの痛いところに言及するのは異例なことです。勇気がいります。「おまえに言われたくない」と反感を買う恐れがあります。「戦争で一緒に血を流す覚悟もないくせに!」と見透かされるかもしれません。

報道によれば、岸田首相は訪米前、「米国は世界のリーダーとして孤独なんだ」と周囲に語っていたそうですが、その認識に間違いはなかった。米議員からすれば、「岸田さん、分かってくれるか!」という気持ちだったのでしょう。

岸田氏のアメリカに対する洞察力の根源には、6歳のときに父親の仕事の関係でニューヨークに引っ越し、地元の公立小に約3年間通った体験があるのだと思います。クラスメートとの交流を通じて多様で雑多なアメリカを体得したことは想像に難くないです。

国力低下で国際秩序のただ乗りを許す余裕がないアメリカ

岸田首相が米議会の議場で投げかけたメッセージを噛み砕いて言えば、「さあ、日本も使ってください。アメリカの負担を分かち合う用意はできています」でしょうか。

以下、岸田演説のポイントとなる箇所を四つ挙げ、解説を付けておきます。

米国は、経済力、外交力、軍事力、技術力を通じて、戦後の国際秩序を形づくりました。自由と民主主義を擁護し、日本を含む各国の安定と繁栄を促しました。そして必要なときには、より良い世界へのコミットメントを果たすために、尊い犠牲も払ってきました。
The U.S. shaped the international order in the postwar world through economic, diplomatic, military, and technological power. It championed freedom and democracy. It encouraged the stability and prosperity of nations, including Japan. And, when necessary, it made noble sacrifices to fulfill its commitment to a better world.

この世界は、米国が引き続き、国際問題においてそのような中心的な役割を果たし続けることを必要としています。しかし、私は今日、一部の米国民の心の内で、世界における自国のあるべき役割について、自己疑念を持たれていることを感じています。
The world needs the United States to continue playing this pivotal role in the affairs of nations. And yet, as we meet here today, I detect an undercurrent of self-doubt among some Americans about what your role in the world should be.

世界は米国のリーダーシップを当てにしていますが、米国は、助けもなく、たった一人で、国際秩序を守ることを強いられる理由はありません。Although the world looks to your leadership, the U.S. should not be expected to do it all, unaided and on your own.

「自由と民主主義」という名の宇宙船で、日本は米国の仲間の船員であることを誇りに思います。共にデッキに立ち、任務に従事し、そして、なすべきことをする、その準備はできています。
On the spaceship called "Freedom and Democracy," Japan is proud to be your shipmate. We are on deck, we are on task. And we are ready to do what is necessary.

アメリカ主導で構築された戦後の「リベラルな国際秩序」を維持するため、アメリカは自由貿易のルールを推進したり、ときに紛争に介入して米兵を派遣たりしてきました。

問題は、国際秩序も公共財である限り、秩序の「タダ乗り」(フリーライド)が発生することにあります。秩序維持の対価を払わずに、負担を回避して秩序の恩恵、便益を享受する同盟国や友好国がどうしても出てきます。日本も米国の善意と犠牲に甘んじて、「安保タダ乗り」で経済発展に邁進していると批判された時代がありました。

もちろん、リベラルな国際秩序は、アメリカ自身の国益と理念を抜きには語れないという意味で、覇権的な秩序です。単純化を恐れずに言えば、アメリカはこれまで、自己中の覇権を維持するため、同盟国のタダ乗りに寛大でした。他を圧倒する経済力と軍事力があったから、多少のただ乗りならば、大目に見ることができたのです。

しかし、国力の相対的な低下により、もはやタダ乗りを許す余裕がなくなってきました。「アメリカの覇権」が根底から揺らぎ始めたわけです。それを米議員自身が痛感しているからこそ、岸田首相の「1人で秩序を支える理由はない。日本も負担を分かち合う」という決意表明が心に響いたのだと思います。

ファッションは語る:謙虚なアメリカを演出したバイデン大統領

ところで、今回、岸田首相を国賓待遇で迎え入れたバイデン大統領は、首相に対して何げない気配りを見せ、ジェスチャーを交えて「アメリカも日本を必要としている」と伝えようとしました。

それを浮き彫りにしたのが10日夜の歓迎晩餐会のために選んだ服装です。

外務省のHPより(写真提供=内閣広報室)。

ワシントン・ポスト紙のファッション担当記者が執筆した珠玉のコラムは、バイデン大統領が「蝶ネクタイが普通の場で普通のネクタイを締めている」ことに着目。クラシックな服装の岸田首相をパーティーの主役として際立たせようとしていると読み解いています。https://www.washingtonpost.com/style/fashion/2024/04/11/jill-biden-japan-state-dinner/

バイデン夫妻の服装から見る限り、二人が伝えたかったメッセージは、「自分たちは長々と偉そうに話すアメリカではなく、謙虚さを主張するアメリカの代表である」とコラムの筆者は見ています。

記事によると、ファッションブランド「オスカーデラレンタ」の微妙な色合いのドレスを着たジル夫人の選択から、「バイデン流儀のアメリカの同盟」の姿が透けて見える。肩から首にかけて青みがかったベージュのドレス。明るい紺のドレスを着た客人の裕子夫人に自然に目が向くような心遣いが感じられるそうです。


ちなみに、やはり国賓として招かれたフランスのマクロン大統領をもてなす晩餐会(昨年12月)では、同じブランドの花模様が入った、ネックラインが大きく開いた濃紺のロングドレスを着ていました。

筆者の見立てでは、今回のジル夫人の控え目な服装は、こう語っているようです。「私ではなく、私たちのゲストを見て。権力志向の、うぬぼれ屋の、格好つけるアメリカではなく、彼らが注目の的です」と。

うがった見方をすれば、11月の大統領選で、傲慢で攻撃的なトランプ前大統領が再選したら日米同盟は大変だよと、二人そろって首相に悟らせようとしたのかもしれません。


次回は、肝心の日米首脳会談の成果についてコメントする予定です。













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