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皆様なら、下記の作品を何というタイトルにしますか?

◆Vendetta, A Story of One Forgotten
◆The Little Green Man
◆A Woman in Grey
◆The End of The World
◆The Man Who Could Work Miracles

「ベ、ベンデッタ? 忘れられた物語?
小さな緑色の男。灰色の女。
世界の終わり。セ、セカオワ…?
奇跡を行った男、ですかね?」

直訳なら、それもいい。
カタカナでそのままにするのも
一つの手法。
しかし、これらの作品に
次のようにタイトルをつけた男がいた!

◆白髪鬼:Vendetta, A Story of One Forgotten
◆怪の物:The Little Green Man
◆幽霊塔:A Woman in Grey
◆暗黒星:The End of The World
◆今の世の奇跡:The Man Who Could Work Miracles

直訳でなく、超訳ですね。
これぞ「翻案」! 逐語の翻訳ではない。
この人は他にもこんな表題をつけている。
左がつけた表題、右が原題です。

◆美少年:Où est Zénobie
◆死美人:La Vieillesse de Monsieur Lecoq
◆鉄仮面:Les Deux Merles de M. de Saint-ars
◆巌窟王:Le Comte de Monte-Cristo
◆噫無情:Les Misérables

やりたい放題ですね…!
彼の名を『黒岩涙香』と言います。

…黒い悪い子?
いえ、くろいわるいこう。
明治・大正の新聞王。
「百人一首かるた」「五目並べ」などを
日本中に広めていった趣味人!

本記事では、涙香の生涯を紹介します。

1862年「生麦事件」が起こった年に、
四国、現代の高知県、土佐で生まれた。
在郷の武士「郷士」と呼ばれる身分でした。

戦国時代、土佐は「長宗我部氏」により
統一されていきましたが、
最後まで長宗我部氏に抵抗したのが
黒岩越前、という剛勇の武者。
その息子、黒岩種直は長宗我部氏に臣従した。

江戸時代の土佐藩は「山内氏」の支配。
旧長宗我部氏の家臣は「郷士」として
各地に散らばりました。
涙香は、その黒岩氏の末裔です。
本名は「黒岩周六」

さて、後の涙香こと周六少年は
藩校で漢籍を学び、十六歳で大阪に出て
英語学校で英語力を身に付けます。

養父の黒岩直方は「勤王の志士」
坂本龍馬と同じ頃に脱藩し、
国事に奔走した男でした。
維新後には「大審院判事」を務める。
今で言えば、最高裁判所裁判官、ですね。

…このような出自に、涙香は
プライドを持っていたのではないか?

◆「長宗我部に抵抗した勇敢なご先祖様」
◆「勤王の志士として幕府を倒した養父」

権力者におもねらず、
反骨の気概を持っていたことは想像に難くない。

彼は東京に出て、
「自由民権運動」に熱中します。
何社かの新聞社で記者となり、
ずば抜けた言語力で世に斬り込んでいく…。

「黒岩大」と名乗ります。まだ涙香ではなく。
「大」の字に野望が垣間見えますね。
1882年『絵入自由新聞』に入社。
土佐の板垣退助たちの「自由党」の機関紙
「自由新聞」の簡略版でした。
絵を入れて、大衆に広く訴えかける新聞。
(今で言えば「画像入りSNS」?)

…ところが。

筆鋒鋭く発信し過ぎて、
政府に目を付けられてしまった。
1882年「開拓使官吏ノ処分ヲ論ズ」という
社説を書いてしまったがために…。
官吏侮辱罪に問われて、有罪判決。
道路工事に使役させられました。

この屈辱は、涙香にとっての
「黒歴史」とも言えるでしょう。
俺はできる男だ! 政府なんか怖くない!
いきがって記事を書いたら、捕まった。

…彼は、どん底に落ちます。

各社を転々とする。金は底をつく。
脚気もわずらった。
前科があり、堅い職業にも就かない涙香に、
養父は経済的援助を打ち切ります。
八方ふさがり。体調もプライドもずたぼろ…。

そこで彼は、初心に戻る。

『私事是まで大と申す名前を用ひ居候所
此度都合に依り幼名周六に復し候』

広告を打ち、世の中に宣言!
「大」というペンネームを捨てて
本名の「周六」に戻すのでした。

1887年、心機一転、彼は新ペンネームの
「涙香」(るいこう)を名乗ります。
「香奩体(こうれんたい)」という漢詩に
出てくる言葉「紅涙香」から取った。
「香奩」とは化粧箱。
女性の姿や男女の恋愛感情をうたう
艶やかで美しいスタイルの漢詩です。

「紅涙」とは「血の涙」のこと。
転じて「情念の豊かな女性の涙」の意味。
これからは人の情念を言葉で表現する…!

かくして爆誕した涙香が手掛けたのは、
外国の文学作品を翻案して
広く大衆に広めることでした。
『Dark Days』という小説を翻案し、
『法廷の美人』というタイトルで連載。

彼は青年時代、英語を勉強するために
海外の小説を読み漁っていた。
その中から面白そうな小説を厳選し、
翻案して広めることにしたんです。

…これが、大ヒット!

瞬く間に「翻案小説の旗手」になる。
1892年「萬朝報」創刊!
よろずちょうほう。
「よろず(万事)にちょうほう(重宝)」
という意味に掛けています。

この紙面上で『鉄仮面』『白髪鬼』
『巌窟王』『噫無情』などを翻案連載。
かつ、スキャンダラスな記事も載せていく。
有名無名のあらゆる人たちの
「愛人リスト」の暴露までした。
主人の心、寵愛ひとつで「紅涙」を流す、
愛人たちの是非を世に問うために…。

まさに「朝報砲」ですね。
夜討ち、朝駆け、フライデー。
食いついた獲物は離さないということで
『マムシの周六』という異名もつきました。

こうして涙香は「新聞王」として、
「大衆にわかりやすく情報を広める男」
として活躍していくのです。

1915年、勲三等受章。
1920年、死去。

最後にまとめます。
本記事では「黒岩涙香」の生涯を
かいつまんで紹介しました。

なお、彼は「日本の探偵小説の祖」
という呼び名でも有名です。
翻案ではなくオリジナルで書いた創作小説、
『無惨』という作品がそれ。

…これらの涙香の小説を少年時代に
夢中で読んでいたのが、かの「江戸川乱歩」
『白髪鬼』も、涙香の遺族に許しを得て
「乱歩版」として再翻案したりしている。

涙香に影響を受けた、江戸川乱歩。
乱歩に影響を受けたのが、手塚治虫
手塚治虫が表現を広げた漫画界で
吸血鬼を描いたのが『ジョジョの奇妙な冒険』
ジョジョに影響を受けて描かれたのが、
映画やアニメでも大人気の『鬼滅の刃』…。

涙香がぐっと広げた、日本の物語の世界!

人の心に住む鬼などを描く物語は、
今の日本でもSNSなどを通して
さらに広がっているのです。

※涙香に興味を持った方は、
竹本健治さんの小説『涙香迷宮』をぜひ↓

※『三銃士』『巌窟王』の原作を書いた
文豪アレクサンドル・デュマについては↓

※『レ・ミゼラブル(ああ無情)』の原作を書いた
文豪ヴィクトル・ユーゴーについては↓

※「自由民権運動」の板垣退助については↓

※江戸川乱歩については↓

※手塚治虫については↓

合わせてぜひどうぞ!

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