【連載小説】2-Gのフラミンゴ⑦


1999年10月 水浦市立第五中学校二年G組 座席表
     【教卓】
   〇〇〇ス〇〇〇〇
   〇真〇〇〇〇〇〇
校庭 民〇〇〇〇〇〇〇 廊下
   〇私〇〇〇〇〇〇
   〇〇〇〇赤〇〇〇

「ス」→スズキさん
「民」→富良民子
「真」→真壁さん
「赤」→金髪銀ラメ赤特攻服
「私」→私

 図を見て頂ければ分かるとおりスズキさんはど真ん中の一番前の席だった。目が悪いので、いつも最前列の席だったのだと記憶している。
「スズキ・・・・・・。スズキ?・・・・・・。スズキ・・・・・・」
 と川島は教卓脇の椅子に腰掛け、繰り返す。スズキさんの方を充血した・見開いた目で見ている。スズキさんは俯いている。
「スズキ・・・・・・。スズキ・・・・・・」
 ス、ズ、キ、川島がスズキを発する度に、口の辺りから何やら異様な重力場を伴う液のような粉のようなものが発射されていた。
「スズキ・・・・・・。スズキ?・・・・・・。スズキ・・・・・・」
 スとズとキが音波として空間を渡りスズキさんの顔面手前で粒になりスズキさんの頬や、まぶたや、耳たぶや、耳たぶじゃない耳の部位や、鼻、口、顎の左側と、顎の右側に、おでこに、定着する。スズキさんが、川島の発するスとズとキに汚染されて行く。と後方から私は想像していた。
「スズキ・・・・・・。スズキ・・・・・・。スズキ・・・・・・」
 スズキさんはメガネっ娘だがメガネを外しても別に美少女とかそういうことはなく地味な感じで、純粋に目が悪いのでメガネをかけていた。レンズも左右ス、ズ、キで、くもる。と私は想像していた。
 同時に私はほっとしていた。頭いいの誰だと川島が聞いたとき、ああ俺か、と思ったのである。明らかに私は賢かった。誰も気付かないようなことに一人気付いていたし誰も気付いていないような他人の気持ちに一人配慮していた。その配慮も誰にも気付かれないようなされたので、誰も配慮されたということにすら気付かなかった。
「スズキ・・・・・・。スズキ・・・・・・。スズキ・・・・・・」
 ところでもし仮に、成績が良かったのが冨良民子だったら、それでも川島は同じように富良の名前を連呼するなんてこと、したのかあなぁ。しなかったんじゃないかな。だってそんなことしたら民子は何をするか分からないし、民子がっていうより、民子の所属する不良グループとして何かしら報復はあるのだろうと思えるからね。不良って個人として何をするか分からないってのもあるけど群としての強みもある。だから民子だったら多分、川島はこんな真似、しなかった。でも今回はスズキさんだった。
「スズキ・・・・・・。スズキ・・・・・・。スズキ・・・・・・」
 ちなみに真壁さんだったら、川島は、同じようなことをしただろうか? しなかった気がする。真壁さんはおとなしいはおとなしいものの、独特の気高さみたいなものがあって、仕返しがどうとかじゃなく、何となくの感じとして真壁さんにこんなことをしても効かない、と感じさせる凜とした空気をまとっていたから。でも今回はスズキさんだった。
「スズキ・・・・・・。スズキ・・・・・・。スズキ・・・・・・」 
 私、沼越だったら、川島は、同じようなことをしただろうか。したかもね。私は反抗しないだろうし、私にはグループもないし、独特の気高さなんてものもない。せいぜい微笑して凌ごうとするくらいで、でもこんな屈辱的に名前をしつこく連呼されては笑っていられなくなって、かと言って怒るわけでもなく、真っ赤になって、震えて、もしかしたらまた吐いちゃうかもね。面白い。川島は生徒に吐かせてすっと胸がすく思いでもするのだろう。でも今回私じゃなくて、スズキさんだった。助かった。スズキさん、どんまい。          ところでゲロで思い出したけど、私はスズキさんに入学式の日に、吐いちゃった。その夕方に、私は母親と一緒にスズキさんの家に謝りに行って、制服は弁償することにして、許して貰った。スズキさんのお母さんは寧ろ私の体調を気遣ってくれていた。親同士でばかり会話していて、私は結局一度もごめんと言わなかった。スズキさんも特に怒るでもなくずっと目を伏せていた。この時に限らずいつもスズキさんは視力の悪い目で下ばかり見て生きていた。でも結構勉強できるんだね。頑張ったんだね。 
「スズキ・・・・・・。スズキ・・・・・・。スズキ・・・・・・」
 スズキさんには不良の仲間がいず、不良に限らず多分ろくに仲間と呼べるような者がなく、また、スズキさんが個人として川島に何かやり返すような雰囲気もなく、守護霊とか守護神とかの超常的な守りなんかも発動していそうには見えず、かわいくもなく、美しくもなく、いじめても大丈夫な相手だと、川島は認識しているのだろう。
 だいたいさ、入学式の日にゲロ吐かれるような女はもう生まれつきどうしようもなく持ってないんだわ、薄幸、どうしようもない星の下の女、スズキ、どんまい、ね? 実際ほら、スズキさん何も言い返さない。俯いて、後ろから見ても分かるほど耳が真っ赤になってる。ああ、どんまいどんまい、そういえば一年の時にもこの川島に、スズキはツンドラみたいに地味な奴だというようなことを言われて、スズキさんは過呼吸だったか貧血だったかになって倒れて保健室に行ってた。川島はもしかしたらあれに味をしめて今もまたスズキさんに、鬱憤をぶつけているのかもね、スズキさん、どんまい、一生そうやって、ゲロを吐かれて、教師にいじめられて、でも時々勉強頑張って100点取って、その100点がきっかけでねちねちやられて、言い返しもせず、やり返すこともできず、顔を赤くして俯いてじっと耐えていても、誰も助けてくれず、誰からも守られず、やがて貧血だか過呼吸になって保健室で目を覚ませばいい。視力の悪い目は何をにらみ返すこともなくただ家に帰って静かに涙を流すだけのためにあるのだ。どんまい。誰も君を、助けない。
「スズキ・・・・・・。スズキ・・・・・・。スズキ・・・・・・」
 でもさ、民子とか、どうなん?
 こんな時、民子とか、って、どうなんですかね? 赤特攻服のケンタウロスとかって、どうなんです? あなた方は、反抗できるし、対抗力もあるし、個人としても群としてもじゅうぶん教師に対抗できるだけの力を持っているわけですので、・・・・・・、いや、自分で動かずに、不良なんだからこんな時動けよなんて言いたいわけではないのですけどもその、なんというか、そこはほら、反抗力、対抗力のある人が、動いて上げてもいいのかな~なんて、ちらっとね、思ったりなんかしないこともないかな~というね・・・・・・、
 私は左斜め前を見た。民子のピンク色の髪の毛。揺れていない。窓が閉まって空気が淀んでいるからだ。窓の向こうでは泥風が吹いている。曇天だ。民子も校庭の方、大いちょうの方へ顔を向けているため、表情は見えない。
 ……民子、……動く気配、なし。
 そっかぁ、・・・・・・
 動かないのかぁ。
 船中泊の時にね、耳栓貸してくれて、嬉しかった。不良だけど、プリントの渡し方はおかしいけど、ほんとに困っているときには助けてくれる、そんな子なのかも。って思って、好きになっちゃったんだよぉぉぉ。その前から好きだったかもだけど。まず髪の毛で目立つもんね、つい目が行っちゃって、単純接触効果でいつの間にか好きになったってだけでこんなのは恋愛感情でも何でもない錯覚、錯誤、魂の誤共鳴に過ぎないとは思いつつそれでもつい君の後ろ姿を追っちゃってる自分に気付いたり、後ろ手にプリント渡されるのがいつしか快感になりつつあり、でもさ、民子よ、
 お前、ダメかも。
 ダメだわ。断言する。お前は俺の恋愛対象として、失格。ゴメンだけど、なしだわ。
 あと、赤特攻服のケンタウロスも、今こそ動く時だろうに、何をしているんですか。あなた達は、だめだ。全然だめ。それとも、今の、スズキさんの気持ちが、分からない? ファッション? 大人が間違っている可能性とか体制側の傲慢に反抗して髪を染め特攻服に身を包むのではなく、ただ純粋に頭が馬鹿なのであって、大義があってそういうことをしているのではないので今、スズキさんを助けない。誰も助けない。スズキさん、どんまい。ざまぁ見ろ。幸薄女。ばーか。
 雨が、降ってきた。ぽたり、ぽたり。と机が濡れていく。ああ、傘をささなければ。

つづく
(次回は3/13水曜日更新予定です。)

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