【連載小説】2-Gのフラミンゴ③

 2―G初日――。入学式の日のようなミスは今度こそ犯さない。せめてウサギの群れに混じりたい。あわよくば王になりたい。朝食は控えめにして来た。
 まずは初期配置。できれば普通の子の近くが良い。不良の近くは嫌だ。
 私の席は、廊下側(右)から三列目の後ろから二番目だった。そうして右隣も左隣もまあ何と言うことはない女子生徒。何なら後ろの席(真壁さん=ポニーテール)がちょっとかわいい。斜め右前左前、斜め右後ろ左後ろも何てことない生徒だった。ウサギなのかどうか分からないが、まあ虎じゃぁなさそうだ。黒髪だ。問題は前、一つ前の席がピンクだった。
 富良民子(とみよしたみこ)、・・・・・・これが後に2ーGのフラミンゴと呼ばれることになる、ピンク髪の女だ。
 ところで【2ーGのフラミンゴ】こと富良民子の他にも、【2ーAのゾンビ】、【2ーBの明王】、【2ーCの聖少納言】【2ーDの尾崎】等二年時において既に二つ名を獲得済の者も各クラスにおよそ一人ずつは存在しており、彼ら/彼女らについても思い出せる限りのことを書いてみようかとも考えたが、それではあまりに話が複雑化してとてもではないが短編小説として提示するには不適切、情報量としても文字数としても非常識な程膨大になりすぎた。だから今回は【2ーEの赤とんぼ】も【2ーFの紫式部】も【2ーHのジュディ】のことも、書かない。【2ーIの電波塔】【2ーJのターミネーター】【2ーKの白銀世界】・・・・・・、全てを今は割愛する。それからまた、二つ名のあるなしに関わらず「私」という一人の人間の中学時代を語る上でそれなりに関わりのあった子が同じクラスの中、または別のクラス、あるいは部活(卓球部)の仲間、先輩、後輩、あるが、今回は全てを取り除いて富良民子と私(沼越弘樹)、この二者関係に焦点を絞ろう。
 さて一つ前の席、ピンク髪の女、富良民子(とみよしたみこ)・・・・・・。女の不良だ。一年の時には黒髪だった筈、こんな髪の色、目立ってしょうがない筈だが、中一の時には見たことがなかった。
 どうやら中二からデビューしたパターンであるらしい。不良のひよこ。ひよことはいえここまで奇抜な色でデビューを敢行するからには相当の覚悟があってのことと思われる。と、セミロング、ピンクの後ろ髪をちらちら見やりながら私が分析していると、新担任の男性教師がだるそうな足取りで教室に入って来た。この四十代の理科教師は、生活指導を兼ねており、体格はどちらかというと痩せ気味で背もそれ程高いわけではなかったが、声がやたら掠れて野太く低音で、しかも低温で、それでいて、とろっとしており、何より顔が怖かった。針金で留めているのかというくらい明瞭・深遠な溝が眉間に二筋。目は三角で、まぶたは煮こごったミルクの膜みたいにぶよぶよなのに、つり上がっていた。名前は島田と言った。
 島田が教室全体を睥睨する。それだけで私などの並の生徒ははもう震え上がる思いだった。
 やがて島田の視線が私の方に固定された。いや、私じゃない。私みたいな刈り上げに用はない。前の席のフラミンゴだ。五秒、六秒、・・・・・・、十秒、島田は富良民子に視線を据えたまま黙っていた。私は民子を真後ろの席から見ているので、この時の民子がどんな顔をして、どこを見ていたかは分からない。後ろから分かるのは、民子はちょっと姿勢を斜にして腕を組み、首もなんだかだるそうに左側に傾けているということだった。開け放たれた窓から吹き込む泥のような春風に白桃色の髪の毛が揺れていた・・・・・・、
 生活指導のおてなみ拝見、
 と思いきや、
 島田はすっと民子から視線を外すと、ねばねばの声で、
「プリントー。配りゅー。後ろに回してぇー」
 と言った。配りゅ。誤字ではない。明らかに島田は配りゅと言った。一瞬、皆、何が起きたのか分からなかった。が二秒後に一人の男子生徒がハハ、と笑った。それから次第に皆、笑った。私も笑った。いったい何が面白いのか分からぬながら、笑った。あれは強面のだじゃれが異様に受けるのと同じ現象だったに違いない。
 とそんなことはどうでもいい。何故スルーなのだろうか? 担任教師であり、生活指導であるならば、こんなふざけきった髪(ピンク)、絶対注意すべきだろうに。民子だけではなく他にも髪を金色に染めて銀ラメ入りの赤色特攻服でいる男子(のちのダーク・ケンタウロス)のこともスルーだ。何で注意すらしないの? そんなんだからこんなに荒れるんだよ、無能な教師どもめ、と色白黒髪センター分けのおぼっちゃんは思っていたが今考えるにこういう場合皆の前でいきなり注意したり叱り飛ばしたりしても逆効果であることを教師達は分かっており、裏で密かに「なぁ、どした? 何か悩みでもあるのか?」みたいなスタンスで話をしていたのかも知れない。そうだとすれば、その方法自体間違っていたか運用の仕方が下手糞だったと言わねばなるまい! そうじゃなかったら五中だけがこんなどこを見ても仮装パーティみたいなことにはなっていない筈なんだから! しっかりしてくれよ! 頼むよ! と割と切実に、微笑の裏、刈り上げとしては思っていたのである。

つづく
(次回は2/14水曜更新予定です。)

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