【連載小説】2-Gのフラミンゴ②

 一九九九年四月、私は中学二年に進級した。水浦市立第五中学校、全校生徒数は1200人超。各学年に400人の生徒がいることになり、クラス数としては十、乃至十一で、一年の時には各クラスに一人ずつ茶髪の生徒があり、二年になると各クラスに一人ずつ金髪、二人ずつの茶髪、それから赤とか、色は黒いままリーゼントだったりするものが例外的にいたりいなかったりし始める。そうして三年にもなると各クラス少なくとも七人は変な色の髪になり、紫とか青とか、それにスキンヘッドなんて者もあった。耳朶に穴を穿ちそこに金属的な装飾を施す者。額、生え際の辺りから一本、または二本の(恐らく鉄製と思われる)ツノを生やしている者もあった。単なる茶髪如きはこの時点ではむしろもっとも目立たない部類となる。男子であれば「ボンタン」と言ってなんだかふとももから膝下くらいまでが風船みたいに膨らんだズボンを履き上着の裏側が赤くなっていたり黄色くなっていたり、龍とか虎とかの刺繍を入れている者もあった。一部は鉄パイプ、角材やバットを持ち歩き日々どこかしらの教室の窓を割って回っていた。ポケットには申し合わせたようにバタフライナイフを潜ませており、時々くるくると慣れたような慣れていないような手つきで刃を出しては見せびらかしていた。皆例外なくシンナーを吸っていた。
 女子はスカートの丈が極端に短いか、または長いかし、唇にド紅を引きまぶたには人工まつ毛を癒着させ目をパッチリに虚飾、懐には鋼鉄のヨーヨーを忍ばせていた。 ……何を以て不良というのか難しいところだが、校則に背いて髪を染めたりツノを生やして改造制服を着る者達のことをとりあえず不良と呼ぶならば中学全体で100人を超える不良がいたことになる。とにかく五中は荒れていた。
 そんな中、私はというと、めちゃくちゃおぼっちゃんだった。大人しく、全身が色白で、もちろん髪は黒で、刈り上げで、センター分けで、前髪は間違っても眉にかからなかった。入学式の日に乳色のゲロを吐くという、最悪の初動を切った私はその流れのまま中一のクラスでうまく友達を作ることができず、しゃべる相手がなかったので、物理現象としていつも静かだった。授業中にふざけ合うような相手もなかったから脇目もふらずに授業を聞いた。虎の群れの中にウサギが混じっている……、この時のウサギの気持ちを考えてみて欲しい。そりゃあもう怖かった。いつ喰われてしまうのか、と内心きゅうきゅうに震えながら、それでも震えたりしていると余計に面白がって目を付けられかねないので敢えて胸を張り、顔には穏やかな微笑を恒常的に浮かべていた。今日やられるか、明日やられるか、いつ「おま、ちょ、こいや」と校舎裏とか屋上とかに連れて行かれてリンチをされるのかとびびり衰えながら、孤独なおぼっちゃんにできることと言えば、「一見僕はおとなしいように見えるかも知れないけれど、ほら、見て、この微笑、どうしてこんなに穏やかにほほ笑んでいられるのか、分かる? 虎の群れの中のウサギを想像してごらんよ、いいかい? 本当にそれがウサギなのだとしたら、ほほ笑める? ふふ。ほほ笑めないよね? そういうこと」
 という感じを出すこと。ただのウサギではないという感じを醸すこと。実際このやり方で、何とか中一時代は乗り切った。せめてウサギ同士助け合える仲間でもいればまた違ったのかも知れないが、ウサギの仲間からも孤立した私にできることはこれは孤立ではなく孤高、いざとなったら余裕で殺せるんですと微笑を絶やさぬことだけだったのだ。
 が、こんなブラフ、たまたまかろうじて一年目を乗り切れたとは言え、二年目三年目を乗り切れるとは限らない。というかもうひしひしと、【早晩このやり方は破綻する】という予感があった。だって実際はただのウサギなんだから。純血のウサギなんだから。ひとりぼっちのおぼっちゃんなんだから。いくら微笑したところで、ほんのちょっと小突かれたりすごまれたりすれば失禁してしまうくらいびびり切っているんだから。
 ――中二のクラスではせめてウサギの仲間に入りたい、そうしてウサギの仲間の中で例の微笑を保ちあわよくば――、ウサギの王になりたい。いずれにしても「なめられたら終わり。なめられたら一生小突き回される人生だ」と、中一の始めに思ったのと全く同一の台詞を内心に呟きながら、
2―G、初日――。

つづく
(次回は2/7水曜更新予定です。細切れですみません)


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