見出し画像

未発売映画劇場「恐怖の酷寒地獄」

世界中で、たくさんの映画が作られている。だから、日本劇場未公開の映画も数多くある。そのうえ、国内でビデオやレーザーディスクやDVDやブルーレイで発売されない映画も多い。というか、そうなった映画のほうが、多い。500円映画だって、じつは出てるだけマシなのだった……

前回の「暗殺 サンディエゴの熱い日」と同様、TVムービーの傑作のひとつ。1973年の作品。だから「恐怖の酷寒地獄」というちょっとアレな邦題はテレビ放送時のものだ。ほかに「白い恐怖」というヒッチコック映画のタイトルをぱくった邦題でも放送されたことがある。原題は「A Cold Night's Death」、また「The Chill Factor」というタイトルもあるようだ。

豪雪に閉ざされた山奥の研究所で、ただ1人で実験を続けていた研究員が謎めいた通信を最後に連絡を絶つ。そこで調査のため2人の研究員が現地に赴くと、彼は不可解な状況で凍死していた。死体だけを送り返した2人は、そこに残された実験動物を使って実験を続行するが、次々と不審な出来事が起き、生命の危険を感じる。だが、研究所には他に誰もいないのだ。徐々に2人は互いを疑い出し、疑心暗鬼の罠に陥る……

アガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』を極限までシンプルにしたような設定が、強烈に惹きつける。だから、ミステリ映画の傑作でもある。もちろん、サスペンス・ホラーでもあるし、舞台を考えるとSFホラーの要素まである。じつによく考えられた設定だ。

とはいえ、この状況なので、どんな「解決」を提示できるかにすべてがかかっているといっても過言ではない。ここでコケたら、すべてがぶち壊しになるのだから。だがこの映画、ちと高そうなこのハードルを、ものの見事にクリアしている。いや、これ以上は何をどう言ってもネタバレになるので、詳しくは言えないのが、もどかしい。

このすぐれた脚本を書いたのはクリストファー・ノップ。テレビ畑で長く活動した脚本家だが、劇場映画でも「北国の帝王」「明日なき追撃」「クワイヤボーイズ」といった70年代のB級っぽい映画を手がけている、知られざる名手だ。

2人の研究員を演じたのはイーライ・ウォラックとロバート・カルプ。どちらも芸達者な名わき役だし、どう見てもふつうの善人には見えない(そういう役が得意なせいだ)ので、見ているこちらもどんどん疑心にとらわれる。そのへんが非常に巧みだ。ちなみに、この2人以外で出演するのは、冒頭で彼らを研究所に送り届けただけで、すぐに帰ってしまうヘリコプターのパイロット(マイケル・C・グウィン)だけという徹底ぶりだ。

そのこともあって、この映画はよく「低予算の制限を逆手にとって」みたいな評価をされるが、そもそもこの設定だと、これ以上予算のかけようもないし、かけても何の効果もないだろう。映画は、金をかければいいってもんじゃないという、いい見本だ。

じつはこの映画、私にとっては長い間、幻の映画だった。初放送時には見ておらず、その後めったに再放送されなかったからだ。

その存在を知ったのは、「キネマ旬報」か「映画宝庫」に出ていた、石上三登志氏の紹介記事でだ。1970年代半ばだったと思う。さっき私が書いたのと同じく、極端にネタバレしやすい題材ゆえ、もどかしさが感じられる紹介記事だったが、たちまち興味をそそられた。すでに「荒野の七人」の山賊のボス役だったウォラックと、「刑事コロンボ」の犯人役などでおなじみだったカルプの顔合わせも魅力に感じたもので、なんとか見てみたいと思っていたが、ついぞその機会がなかった。アメリカでも、今日に至るまでまったくソフト化されたことはないのだ。

ようやく見る機会を得たのは、実はほんの1年ほど前。この映画の全長版が、YouTubeにアップされていたのを見つけたのだ。いやいや、いい時代になったもんだ。もっとも著作権的にはちょっとアレそうなので、リンクは貼りませんよ(まだあるかどうかも知りません)

長年待ち焦がれ、探し求めた映画(に限らないが)をやっと見ると、なんだこんなもんか的な感想を抱くことがしばしばあるんだが、「恐怖の酷寒地獄」は長年の渇きを充分に癒してくれる傑作だった。とくにラストのワンカットは、まさに戦慄の一言だ。

もちろん事情はいろいろあるんだろうが、ぜひともこの「恐怖の酷寒地獄」、ソフト化していただきたいものだ(ただし、邦題は変えましょうね)

  未発売映画劇場 目次

映画つれづれ 目次

【2021/9/23】 待望久しい国内発売が実現しました。タイトルは「白い恐怖」のほうを採用したようですね。私は日本語吹き替え版は未見なので、楽しみにしています。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?