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大相撲VAR

一見すると保守的に見える大相撲だが、以前にも書いたように、じつはかなり革新的な改革を繰り返してきている。

明治以降だけでも、優勝制度の制定、引き分けの廃止、不戦勝制度の開始、東西制の開始と廃止、戦後になってからも優勝決定戦の実施、テレビ中継のために四本柱の撤廃、横綱審議委員会の設置、一門別総当たりから部屋別総当たりへの変更、公傷制度の実施と廃止……つい先日も新弟子の付け出し制度が変更された。力士と同様に、じつに柔軟な体質なのだ。

そんななかでも画期的なのが、ビデオ判定の導入だろう。近年になって野球やサッカーでもビデオ判定が取り入れられているが、大相撲のビデオ判定は1969年5月場所からの導入。他のプロスポーツよりも半世紀ほども早いのだ。これはもっと誇っていい実績だと思う。

だが、そうはいっても導入から半世紀を経て、近年は他のスポーツに追い越されつつあるのではないか。個人的に、サッカーのVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)に接する機会が多いのだが、あれに較べるといささか運用が古くさいみたいだ。

そこで余計なお世話になるが、あるべきビデオ判定のための問題点を書いてみた。大きくわけて3つの改善点を挙げたが、これだけでけっこう今日的なビデオ判定が運用できると思う。

1 カメラを設置して独自画像を使用する
聞いた話だが、大相撲でビデオ判定に使われているのは、NHKの中継画像だそうだ。もちろん導入当初はそれ以外の画像はなかっただろうから(当時放送されていた「大相撲ダイジェスト」はフィルム撮影だった)無理もないが、その後もその状態は変わっていなさそうなのだ。現在ではAbemaTVの画像も使っているかもしれないが。

そうした中継放送用の画像は、近年ではカメラ台数も増えて、むかしみたいに「行司の影になって肝腎の個所が見えない」みたいな事態は減っているようだが、とはいっても、そこには致命的な欠点があるのだ。

それは、こうした中継用のカメラはいずれも、土俵よりも高い位置にセットされていて、土俵を見下ろす形になっていることだ。

中継の解説でしばしば触れられているように、上から見下ろす画像だと、たとえば土俵面や土俵の外の蛇の目の砂に「ついたかついていないか」は、非常に見きわめにくいのだ。これでは、こと判定用の画像としては不適といえよう。

では、見きわめるのに最適な位置はといえば、これはいうまでもなく「土俵と同じ高さ」 土俵下の審判員たちの目の高さが、そうでしょ。

中継の画像は、当たり前だが勝負判定のために撮影しているわけではないので、判定の参考にするには不適な部分があるのは当然だろう。テレビ桟敷で見ている観客に、審判の目の高さで見た画像は求められていない。

となると、答えはひとつ。ビデオ判定用の画像を相撲協会が独自に撮影することだ。

サッカーのVARは、DAZNの中継画像ではなく、判定のための画像を12基のカメラで独自に撮影し、判定用のモニター装置に送っている。これによって、多角的なアングルによる画像を参考にして、判定を下せるのだ。

ただし、年間1億円とも言われるほど、けっこうな費用が掛かっているのだが、じつはそれにくらべれば大相撲の判定用画像は、はるかに安価で実現できるはずだ。

いうまでもなく、サッカーのピッチをくまなくカバーするのに比べれば、相撲の土俵はずっと小さい。カメラの台数も配置も、だいぶん楽にちがいない。

カメラ自体は小型で高性能のものが、いくらでもある。これを土俵そのものに埋め込めばいいのだ。土俵の俵に仕込めば、ほぼ全面の撮影が可能になる。その画像データを、無線でも有線でもいいからビデオ判定室に送って、チェックすればいいのだ。

サッカーにくらべて圧倒的に有利な点がある。JリーグではJ1だけでも一度に9試合が行なわれる(2024年シーズンからは10試合になる) つまり最低9セットのビデオ判定装置が必要で、しかもそれを日本全国のスタジアムにそのつど搬送しなければならないのだ。

それに対して、大相撲では1セットあれば序ノ口から幕内まで、全試合をカバーできる。Jリーグでは、装置そのものと搬送で、たいへんな費用がかかっているというが、大相撲ではそこまで巨額の予算はいらないはずだ。国技館には常設できるんだし、地方場所があるといっても年間で3カ所だけなんだから。

このように、ハード面はさほどのも障害はなさそうだが、問題は運用のソフト面だ。現在のビデオ判定の問題点は、むしろこの運用面にあると思うからだ。

2 土俵の審判員がビデオ画像を直接見られるようにする
ここで大相撲のビデオ判定の運用の原則を確認しておこう。プロ野球のリクエストや、テニスのチャレンジは、審判の判定に対してプレイヤーサイドが異議を申し立てる形でビデオ判定がおこなわれる。それに対してサッカーのVARは、プレイヤーからの要請ではなく、VAR担当の審判が特定の状況下でのみ、レフェリングに介入する。

大相撲のビデオ判定は、どちらかといえばサッカーのものに近い。行司の判定に対して、土俵下の審判員が異議を唱える「物言い」の場合にのみ、ビデオ画像が「参考」にされるのだ。

問題点のひとつは、判定のためのビデオを誰が見ているのかがわからないことだ。現在のところ、ビデオ室で判定にあたっているのが誰なのかの発表はない。たぶん審判部の親方が交代でつとめているんだろうが、ここはきちんと発表しといたほうがいいんではなかろうか。

JリーグのVARでも、ビデオ・アシスタント・レフリーとアシスタント・ビデオ・アシスタント・レフリーの氏名はきちんとスタジアムで発表される。誰が判定に責任を持つのかは、ハッキリしておきたい。

土俵下の審判員は交代のたびに場内にアナウンスされるのだから、そのさいにビデオ審判の名前も発表すればいいのだ。

さて、現在はビデオ室で画像を見た審判員が、無線で土俵上で協議中の審判長に音声で説明している。物言いのときに審判長がイヤフォンで会話しているのがそうだ。このシステムも、かなりまだるっこしい。口頭の説明だけで、どこまでビデオ画像が説明できているのだろうか。

ビデオ画像を土俵上の審判長が直接見れれば、そんな問題は簡単に解決される。審判長の親方が、判定用の画像をタブレット端末ででも、直接自分の眼で見られればいいのだ。現在のイヤフォンシステムだって、物言いがついてから呼出が審判長のもとに持っていく。その時にタブレット端末を手渡せばいいのだ。審判長だけでなく、5人の審判員の親方衆全員にも持ってもらってもいいかも。

どうだろう、これだけでも、ずいぶんと判定システムが透明化され、公平性が大きく担保されると思うが。

もちろん、ビデオ判定は現在もそうだが、あくまで補助システムでなければならない。土俵についたかつかないか、土俵を割ったか割らないかだけで判定できるほど相撲は単純ではない。相撲の流れ、体の有る無しなどを加味したうえで、最終的な判定は、もちろん審判長が決めなければならない。それは当然のことだね。

3 場内でのビデオ画像の公開
ついでにもうひとつ。これは直接判定には関係ないんだが。

物言いがつくような微妙な勝負のさい、テレビ中継で見ている分にはアナウンサーや解説者が説明してくれて、スロー画像が何回も流される。おかげで、シロウトの視聴者でも、ある程度は納得できるのだ。

ところが、この恩恵に浴せない人々がいる。

それは、国技館や地方場所の会場で、直接相撲を見ている、場内の観客たちだ。ライブの興奮は味わえても、リピートもスロー再生も、解説もなし。

これは、相撲協会としても、まずいのではないだろうか。というのも、テレビで見ている視聴者と違って、場内の観客たちは安からぬ入場料を払っている、そういう意味では視聴者たちよりも重要なお客さまではないんだろうか。

そのお客さまに対するサービスとして、ぜひとも実現してほしいのが、場内ビジョンの設営だ。野球やサッカー、プロレスなどではもう見慣れた装置だろう。

相撲場に、大きなビジョンを置き、そこにただいまの一番を再生してみせるのだ。物言いがついた際には、問題となった場面を観客に見せながら説明すれば、なお良いんではなかろうか。

ビデオ判定システムにくらべると、かなりのおカネがかかるが、まずは国技館に設置してみたらどうか。もちろん、勝負の再生や物言いの説明のほかにも、場内の演出にいろいろ利用できるだろう。

相撲協会はさまざまな改革には積極的だが、どうも観客サービスにはいまひとつ出足が遅いようだ。

これからの時代、ますますほかのプロスポーツとの競合は激しくなるだろう。どんどん取り組んでいかないと、置いていかれるぞ。

ざくっと考えただけでも、けっこう有意義な改革になっていると思う。相撲協会さん、いかがかな?

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