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未発売映画劇場「スペイン岬の秘密」

本格ミステリの巨匠エラリイ・クイーンの傑作ミステリのひとつ、『スペイン岬の秘密』(The Spanish Cape Mystery)の映画化。1935年というから昭和10年の作品だ。モノクロ、74分。

原作は、初期クイーンの代表作である「国名シリーズ」の最後の一作。タイトルに国名を冠したこのシリーズ(といっても主人公の名探偵がエラリイ・クイーンなだけで、内容的に続きものではない)は、本格ミステリの金字塔としてミステリファンには有名だ。

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第1次世界大戦と第2次世界大戦の間の時期を、ミステリ業界では「黄金時代(ゴールデン・エイジ)」などと呼びならわしている。この時期にイギリスとアメリカで、長編の本格ミステリ(パズラー)の代表的作家が次々と現われ、いまでもオールタイム・ベストにランクするような作品が多く出現したからだ。

この黄金時代の作家としてまず挙げられるのは、いまでも映画やドラマで有名な「ミステリの女王」アガサ・クリスティーだが、彼女に次ぐ人気や知名度を持つのが「アメリカのミステリそのもの」といわれるエラリイ・クイーン。

そのクイーンだが、一方のクリスティーにくらべると、残念ながら一般的な知名度では大きく遅れを取っているといえよう。

その証左のひとつが、映像化作品の数の差だ。

クリスティーの作品、ことにエルキュール・ポアロやミス・マープルといった名探偵が登場する作品は人気が高く、数多く映像化されいている。何度も映像化された名作『オリエント急行の殺人』や、さきごろ日本でも映画が公開された『ねじれた家』、あるいは日本でテレビドラマ化されたものや、この「未発売映画劇場」でもご紹介した数々の『そして誰もいなくなったなどなど枚挙にいとまがない。

対して、クイーンの映画化作品というと、じつに少ない。やはりこの「未発売映画劇場」でご紹介した「十日間の不思議」や、日本で『災厄の町』を映画化した「配達されない三通の手紙」(野村芳太郎監督)がパッと思い浮かぶくらい。このほかに1940年代ごろにハリウッドでコメディっぽく製作されたシリーズと、日本でも放送されたテレビシリーズがあるくらいだろう。

あるだけマシともいえるが、女王クリスティーにくらべると、なんとも貧弱なフィルモグラフィだ。名前は「クイーン(女王)」なのに

さて、今回のこの「スペイン岬の秘密」は、そんなクイーン作品を映画化した最初の一作。1935年製作ということは原作小説の発表と同年。刊行即映画化されたのだから、当時のアメリカではベストセラーだったことがうかがえる。

日本では原作が著作権フリー扱いだったこともあって、早川、創元、角川といった主要ミステリ出版社からさまざまな翻訳で刊行されているが、映画のほうは未公開、未発売のまま。いささか古い映画だけに、テレビ放送もなかったようだ。

そんな出自だけに、原作と比較されるのはまぬがれない運命だろう。そしてそのことが、この映画の残念な点で、また同時にこの映画の残念ぶりが、このあとクイーン作品の映画化が少なくなった所以であろう。

映画の冒頭はニューヨーク。市警の警視で名探偵エラリイ・クイーン(原作者と同名なのだ)の父親リチャード・クイーンが登場。宝石店店頭での窃盗事件を扱いかねた警視は息子のエラリイを呼び、息子が見事に解決する一幕がオープニングとなる。これは原作にはないオリジナルの一幕。じつは他の国名シリーズの作品ではレギュラーで登場するリチャード警視は、唯一この『スペイン岬』にだけは登場していない。それをわざわざ登場させているのは、原作のファンに気をつかったのだろう。当時は原作にそれくらいの人気があったということだ(リチャード警視を演じたのはガイ・アッシャー

で、舞台は一転してカリフォルニアへ(原作では東海岸だが変更されている) 海上に突き出した通称スペイン岬に建つゴッドフリー屋敷が舞台となる(というか以後はほとんどがここだけ)

まあストーリーの詳細は、自分で調べるなり、原作をお読みください

原作の最大の目玉は、そのスペイン岬の屋敷のテラスで殺された被害者の死体が全裸だったことで、そういえば原作の邦題には『スペイン岬の裸死事件』というのもあったな。なぜ死体が裸だったのか?というのがミステリ的な謎の中心なのだ。

こちらが原作の表紙を飾る全裸死体。

ところがところが、この最大のミステリ的眼目が、この映画ではキレイに無視されているのだ。まあ被害者はオッサンなので、どのみち見たくないかもしれんが。

もちろん、この映画が1935年の作品であることを考えれば、いたしかたないともいえる。当時のハリウッドで映画にヌードを出すのは無理だったんだろう。だったら、なんでまたこの作品を原作に選んだのか。

そして映画はこの後、どんどん原作と離れてゆく。原作では起こらない殺人事件が起こり、名探偵エラリイと令嬢のロマンスまで盛りこまれる。それでいて犯人の正体などは同じなのだから、相当無理のある脚色だ(原作者クイーン本人はこの映画の脚色には関与していないらしい。クレジットされているのはアルバート・デモンド

前にも書いたことがあるが、本格ミステリっていうのは映像化には不向きなのだ。原作どおりに作ろうとすると、殺人事件が起きたあとは延々と関係者の尋問が続くだけになるからね。そのために、原作の仕組みをあるていど壊して映画向けのストーリーにするんだが、そうするとたいがい原作とは似て非なるものになり、おもしろさの大半を失ったりする。

この映画もしかり。やはり「本格ミステリの罠」からは逃れられなかった。

ただね、この映画の場合、原因はそれだけではない。

クライマックスの事件解決シーン(名探偵、皆を集めて「さて」と言い)も含めて、この映画では、事件の真相はすべて名探偵による「解説」で語られるだけなのだ。

再現シーンも回想シーンも、なし。名探偵クイーンの語りだけですべてが「再現」されるのだ。これはキツイ。ざっくりいって退屈なんだよ。画で見せろよな、画で!

脚色がマズいのか、演出の限界か、それとも当時の映画ではこれが普通だったのか。なにせ80年以上前の映画だからねえ。

たとえば原作ではまったく目立たない地元警察の保安官(原作では警部。演じるのはハリー・スタッブス)にコメディリリーフをさせたり、ヒロインを演じるヘレン・トゥウェルブツリーがなかなかの美形だったり(当時は人気スターだった)とか、それなりの見どころがないわけではないので、まったくのハズレではないのだけどね。

名探偵を演じるのはドナルド・クック。ポスターやこのDVDジャケットではハンフリー・ボガートばりのハードボイルド風だが、原作ファンはご安心あれ、けっこう原作のイメージに近い優男だ。なかなかの二枚目だが、1950年代までしか出演作がない人(1961年没)なので、よく知らないや。

監督はルイス・D・コリンズ。こっちも他には見たことないな。

ま、時代が古いから仕方ないんだが、前に書いた俳優たちも含めて、まったくお馴染みでない連中ばかりでいまひとつ盛り上がらない(これは映画の責任ではないが)

かろうじて私が知っていたのは、エラリイの親友のマクリン判事を演じたバートン・チャーチルが、このあと「駅馬車」(1939年)で乗客の一人を演じていることだけだな(ただし印象はない)

そんなわけで、巨匠クイーン初の映画化作品という骨董価値しかない映画ということになりました。

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