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未発売映画劇場「サント対魔の三角海域」

前回書いたように(書いたよね?)、1977年2月に公開された「サント対ロボットギャング」のあと、1978年にメキシコではサント映画の公開がなかった

1961年7月に最初のサント映画「サント対悪の頭脳」がメキシコで公開されて以来16年間、1964年だけをのぞいて、サント映画が公開されない年はなかった。じつに14年ぶりの椿事だ。しかもそのほとんどの年において複数のサント映画が公開されてきたのだから、1978年はメキシコのサント映画ファンにはさぞや寂しい年だったことだろう。

ということで、前作から2年半の空白を経て、1979年8月に公開されたのが今回の「Misterio en las Bermudas」(海外向け英語タイトルは「Mystery in the Bermuda Triangle」) サント映画としては第48作。

気がつけば1980年を目前にして、通算50作にも迫ってきた。

そしてそれを記念して(?)本作は豪華版になっている。

ルチャ映画の3大巨頭が揃い踏み!

ご覧のとおり、メキシコが誇るルチャ映画の3大スーパースター、サントブルー・デモン、そしてミル・マスカラスの3人が堂々の共演だ。

以前にも3人の共演作はあった。「サント対エクアドル・ギャング」の回でさらっと紹介した「ミル・マスカラスのゴング1(Las momias de Guanajuato)」がそれなのだが、これはブルー・デモンとマスカラスの共演映画にサントがチョロッと出ただけのもので、未発売映画でもないので本欄では番外あつかいにした。3者共演映画はこれ以来で、6年半ぶりということになる。

しかし、今回はこれとは大いに違う。きちんと3人がトリオを組み、ほぼ全編3人で行動する、ちゃんとした共演映画なのだ。これ以後にも3人が共演する機会はなかったので、じつに貴重な映画といえよう。

夢のトリオの雄姿

ではどんな話かというと、タイトルの「Misterio en las Bermudas」つまり「バミューダの謎」が示唆するとおり、かの「バーミューダ・トライアングル」に題材を取った作品だ。

令和の世では、今やすっかり色褪せた感もある「バーミューダ・トライアングル」だが、1970年代にはUFOがらみで大いに人気のあった超常現象だ。カリブ海のバーミューダ諸島を中心にした三角形の海域で、船舶や航空機が次々と消失しているというのがその骨子で、日本では「魔の三角海域」などとも呼ばれて、テレビ番組や書籍、雑誌などでちょっとしたブームになったものだ。

映画でもこれを題材にしたSF物がいくつかあるが、印象に強いのは「未知との遭遇」(1977年)の冒頭で描かれる、メキシコの砂漠でアベンジャー雷撃機編隊の機体が発見されるシーンだろう。

1945年12月5日アメリカ海軍のアベンジャー雷撃機5機の編隊(フライト19)がフロリダ沖のバーミューダ海域で忽然と消失し、ついに発見されなかった事件で、さらにこの編隊を捜索に向かった捜索機も行方不明になったとかで、これが「バーミューダ・トライアングル」のアイコンのようになっている。

この事件を映画の冒頭に持ってくるあたりが「未知との遭遇」の凄い点なのだが、同じく映画ではあっても、こちらサント映画はそのあつかいがド下手なのはいうまでもなかろう。ひょっとしたら「未知との遭遇」を観て思いついただけなのかもしれない。

さて肝心のストーリーだが……

冒頭でいきなり謎の装置が海中から登場する。見た目はニトリあたりで売っていそうなデスクライトかシャワーヘッドみたいで、しかもサイズ感がないのでぜんぜんチャチに見える。この装置が出現すると、海は荒れ、空は狂い、飛行中の旅客機は消失する。説得力ないぞ。どうやらこいつがバーミューダ・トライアングルの犯人だといいたいらしい。

次いで登場するのは海岸に住むらしい父と息子の少年。桟橋で海釣りに臨むが、どうやらさっきの嵐のせいでさっぱり釣れないらしい。と、そこで少年が釣り上げたのは、魚ではなく、海藻がからんだ白銀のマスク。いうまでもない、サントのものだ。いったいなぜそんなものが?

どうだい、なかなか魅力的な導入部だろう。

ここで唐突に画面は満員、熱狂のアリーナへ。サント、ブルー・デモン、ミル・マスカラスの豪華トリオが登場する6人タッグマッチだ。まぁこれはサント映画の定石だから、さほど驚くにはあたらない。

問題はこの先だ。試合を終えたサントたちのもとに依頼が舞いこむ。依頼主は中東の某国(イランらしい) メキシコと何らかの協定だか条約だかを結ぶのだが、そのために来訪してくる王女を狙う悪の組織があるようだ。その毒牙から王女を守ってほしい。というわけで、豪華トリオは王女を守って次々と襲ってくる悪の手先と闘うのだ。

ここから映画は三文スパイ映画の世界に突入する。おいおい、バーミューダ・トライアングルはどうしたんだ? ひょっとして映画そのものが異次元世界にまぎれこんだのか?

というわけで、映画はこれまでさんざん見てきた、フツーの犯罪サスペンス系サント映画に変身する。消失事件も、UFO出現も、異次元世界もいっさいなし。

編中にところどころ、銀色のジャンプスーツに身を包んだ謎の人々が登場するが、どう本筋の事件に絡んでいるのか、さっぱりわからない。セリフがスペイン語だからだけでないことは、同じような感想を書いた母国の評論がネット上に散見することからも明らかだ。

もちろん、サントたちは王女を守り抜き、無事に両国の協定だかは締結されてメデタシメデタシとなるのだが、映画のタイトルにもなっているバーミューダ・トライアングルはどうしたんだ? とツッコみたくなる。当たり前だ。

ではその犯罪サスペンス・パートはどうかというと、こちらもお世辞にも上出来とはいえない。なにしろ協定締結を妨害する悪の組織がいったいナニモノなのかがまったくボンヤリしているからだ。どこかの諜報組織なのか、犯罪組織なのか、テロリストなのか。

いちおう敵のボス格を演じるのが、サント映画ではよく見る顔のカルロス・スアレス(Carlos Suárez) ハゲ頭にヒゲという分かりやすいルックスで目立つことは目立つが、てんで弱い。クライマックスでは王女と1対1の対決になるのだが、空手を駆使する(これも下手クソだが)王女に歯が立たず、最後は駆けつけたサントたちにノックアウトされて終了。おいおいである。

悪の首魁カルロス

で、バーミューダ・トライアングルはどうしたんだというと、豪華トリオも疑問に思ったのか、悪の陰謀がすべて退けられたあと、王女とともにボートに乗りこむと、バーミューダの海へと船出するのである。なにを調べに行くのか知らんが。

よりによってこのタイミングで、冒頭にも出現したニトリのデスクライトが海中から出現し、サントたちはボートもろとも消失した(らしい) おお、やっとここで冒頭のマスクの謎につながるわけか。いや、ちゃんとつながっちゃいないが

察するに、チョロチョロしていた銀色スーツの連中は、どうやら異次元世界かなんかに理想郷のようなものを作っていて、バーミューダ・トライアングルで消失した人々はそこへ送られていた、ということらしい。サントたちもそこへ囚われてしまったのか(あくまで推察) いやいや適当過ぎだろう。しかもサントたちが消えたところで映画は終わっちゃうんだから。

シリアスバージョンです

さてそんな三文以下映画である「Misterio en las Bermudas」だが、じつはルチャ映画史上では非常に重要な作品なのである。

サントの最大のライバルにして盟友、ときには共演者として長く活躍してきた、メキシコ・プロレス界のスーパースター、ブルー・デモンの最後の映画が、この作品なのだ。1965年の「Blue Demon」以来、24本もの映画に出演してきた「青い悪魔」は、この作品を最後にスクリーンから引退する。実際のプロレスのリングでは1988年まで現役レスラーだったが、少なくとも劇映画の世界に再びあらわれることはなかった(1989年に「Blue Demon, el campeón〔Blue Demon, The Champion〕という映画があるが、これはブルー・デモンの足跡を描いたドキュメンタリー)

そして同時にこれは、1960年代にメキシコ映画に確固たるジャンルを築いたルチャ映画の終焉を告げるものになる。以後、サントはまだ数本の映画に主演するが、ミル・マスカラスもいくらかの客演を経た後メキシコ・ファンタジー映画から撤退してゆく。

ルチャ映画王国の最後も近いのだ。

そう思って観ると、サントたちがボートごと消失するという、この映画のラストはなかなか意味深く見えるね。

ええい、このダメDVD!

で、今回の「Misterio en las Bermudas」はこちらのDVDを入手して観たのだが、これがとんでもない欠陥品。映画の終盤、ラスト部分が欠落しているのだ。前記したあらすじでいえば、サントたちが事件解決後に船出するところでいきなりプツッと映画が終わるのである。おいおいちょっと待てよ。

資料によるとこの映画の長さは77分のはずだが、DVDのデータは約3分ほど短い。そのこと自体はヤスモノ映画のソフトではよくあることだが、ここまで露骨なのはさすがにいかんだろう。

なので今回のラスト(けっこう大事)は、ネット上にあった全長版動画を合わせ観て、ようやく確認できた次第。ええい、余分な手間をかけさせおって

【前回】サント対ロボットギャング

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