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未発売映画劇場「青とピンクの紐」

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ミステリー小説、なかでも一見不可能とも思えるような事件(密室殺人とか鉄壁のアリバイとか消えた凶器とか)が発生し、そこへ探偵が出てきて名推理で鮮やかに事件を解決するタイプの古典的なミステリー小説(これを本格ミステリーとか、本格推理小説と呼んだりする)は根強い人気を持っており、昔から映画やテレビのネタになることがじつに多い。アガサ・クリスティーの名探偵ポアロものが代表作で、これが商業的にも成功しているので、柳の下のドジョウを狙う性質のある映画製作者の目には魅力的に映るのだろう。これで大ヒットする面白い映画が作れるに違いない、とか。

そんなことは、まったくないんですがね

奇抜なトリック、強烈な個性のある名探偵、次々に転がる死体、大団円のカタルシスといった具合に、映画としての魅力をすべて備えているように見えて、じつはまったく映画に向いていない小説が多いのだ。

古典的ミステリー小説を読んでみると、よくわかる。事件が発生してから名探偵が皆を集めて推理を披露するまでの間に何が起きるかというと、たいがい何も起こらない。名探偵がその間に何をしているかというと、ひたすら関係者の事情聴取をするのだ(これは意外にもハードボイルドと言われるミステリー小説でもそうだったりする。こちらではそれでも暴力シーンなどがあるので、まだ映像化はやりやすいが)

小説ならば、ここで会話の妙と、細かな伏線で緊張を持続するのだが、映像ではなかなかこうはいかない。なにしろ、伏線を張るなんてことは、見た瞬間に次のショットに注意が向いてしまう映画というメディアには、およそ不向きな作業だから。

それでも、映画化権を買ってしまい、しかも人気のある作家の作品だったりすると、引っ込みがつかなくなり、製作者は脚本家にすべてを押しつける。

この小説で面白い映画を作れるように脚色しろ

これを無理難題と言います。

製作者に充分な資金があるならば、容疑者全部にスターを配置して、キラ星のごときオールスターが次々にスクリーンに登場することで、事情聴取シーンの退屈さをごまかせますが(クリスティー映画の常套手段)、そうでない場合は、やむなく原作を大いに改変して、サスペンス色を強めたり、不必要なアクションを加えたりして、「面白い映画」にしようと頑張るわけだ。

そうして出来上がった映画はたいがいバランスを欠くので、普通のサスペンス映画としては観客に不評。そのうえ、原作小説の良さを活かせているわけでもないので原作小説の読者にも不評で、脚本家の労苦は報われないものになってしまう。お疲れさん。

さて今回は前置きが長くなったが、この「青とピンクの紐」も、この呪いから逃れられなかった作品だ。

原題は「ELLERY QUEEN: DON'T LOOK BEHIND YOU」 アガサ・クリスティーと並ぶ古典的ミステリーの大巨匠エラリイ・クイーンの代表作のひとつで、古典的ミステリーの名作中の名作でもある『九尾の猫』を大胆に映像化したテレビムービーだ。

もっとも原作は1949年の作品で、純粋な古典ミステリーの黄金時代からは20年ほど後だから、大都会ニューヨークで起きる連続殺人事件に名探偵エラリイ・クイーン(著者と同名なのだ)が挑むという、やや動きのあるものになっている。その点では、巨匠の数多い作品のなかから、比較的に映像化しやすい題材をうまいこと選んだとは言えよう。

では、この「青とピンクの紐」が成功作かというと、トンデモナイ

じつはこの作品、エラリイ・クイーンのミステリー小説をテレビシリーズ化すべく企画され、そのお試し版(パイロットフィルム)として製作されたものなのである。え? そんなシリーズ知らない? はい、この連載の第1回目に紹介したテレビ版「電撃フリント」のパイロットフィルムと同じく、シリーズ化の企画は幻に終わったのであります。

ただラッキーなことに、この作品自体はお蔵入りを免れて1971年11月にアメリカで放送され、その後日本でも放送されたのだ。

私は、偶然この「青とピンクの紐」なる映画の放送にチャンネルをあわせたので、ラッキーだった。ただし、途中までしか見なかった。理由は簡単。面白くなかったので、途中で飽きてしまったのだ。

おまけに見ている間は、これが名作『九尾の猫』の映像化とはまったく気づかなかったのだ。原作では「猫」と呼ばれる連続絞殺魔がなぜか「ヒドラ」に変更され、おまけに探偵エラリイ・クイーンも原作とはまったく違う中年プレイボーイ(演じたのがピーター・ローフォードだから、まあはまってるといえばいえるが)になっていたので、まったくクイーン作品っぽくなかったからだ。見た当時はすでに充分ミステリーマニアだった私ですら、これがクイーン作品だとはまったく思わなかったんだからねえ。

印象に残っているのは、CMタイム(テレビムービーだからね)の前後にワンカットのアニメ―ションが挿入されるところだけ。これが怪物ヒドラのアニメで、事件が発生して犠牲者が増えるたびに、ヒドラの首が一本ずつ生えて増殖するっていう仕掛けだった(これはいいアイデアではある)

その後再放送もあまりされず、これが『九尾の猫』だったと気づいた私は再見を望んだがままならず、今日まで40年ばかりもそのままなわけだ。まあ今さら見たからといって、どうということもないだろうが。

これも後年知ったことだが、『九尾の猫』からの脚色にあたったテッド・レイトンなる脚本家、じつはその正体が「刑事コロンボ」の作者であるウィリアム・リンク&リチャード・レビンソンのコンビだったのだ。おおっと興味がいや増すが、かれらが「不本意だった作品で使用したペンネーム」と聞くと、ああやっぱり感のほうがいや増すのである。

そんなわけでこの「青とピンクの紐」、今日まで日米どちらでもまったくソフト化されないままなのである。残念、なのかな?

【原作はこちら ↑  画像のリンク先はamazon.co.jp】

ちなみに、のちに1975年から1976年に製作され日本でも放送されたテレビシリーズ「エラリー・クイーン」はこれとは別物の企画で、リンク&レビンソンにとっては雪辱戦だったに違いない。

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