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シークレット天窓

最近、よく使う駅の構内に、天窓がついていることを知った。

その駅は人通りが比較的多い、乗り換えの中継地点になるような駅だった。

毎日コンコースに次々人が現れては、川みたいにひっきりなしに改札口へと流れ込んでいる。そして滝みたいにホームに向かっていく。みんなそれぞれの目的地を保有したまま思い思いに漂流していく。駅はなんだか巨大な流れるプールみたいだ。

駅に向かうたくさんの人たちが、流れるプールで泳いでいる想像をする。サラリーマンも、主婦も、みんな浮き輪でプカプカ浮いている。

さて、私もそんな流れるプールの急流を楽しんでいたのだけれど、改札をいつものように通り抜けていると、ある日ふと、真ん中の改札だけ不自然に明るいことに気が付いた。
天井を見上げてみると、その部分にだけ細長い天窓がついていた。不自然な明るさだと思っていた部分は、実はそこだけが自然な明るさだったのだ。

驚いた。長年使ってきた駅だけれど、こんなところに窓が付いているなんて全く知らなかった。

思えば改札を通るときはいつも下を向いているから、天井を気にすることはほとんどない。今回はいつも使っている改札だから天井を見上げることができたけれど、慣れていなかったらそもそも天井を気に掛けることすらままならないだろう。

それにここは『流れるプール駅』だから、きちんと『流れ先』に狙いを定めておかないと危険だ。ただでさえそんな激流部分の天井なんて気に留めないのに、天窓はフラットな天井の凹みに設置されているから、コンコースを普通に歩いてもなかなか気が付かないと思う。

私は隠し扉を見つけたみたいで、なんだかわくわくしていた。

小さいころにRPGゲームで隠し通路なるものを見つけたときは、心が躍ったものだ。その時と似た感覚を覚えていた。

あの天窓は、一体どこへ繋がっているのだろう。

もちろん空が見えているだけなのだが、白い天井に突然異質な青色が浮かんでいると、ついつい天窓が現実と私の空想癖を繋ぐ、ひとつの扉のように思えてきてしまう。

そんなこんなで、私はこの『プール駅』を利用するたびに天窓を見つめてはワクワクするような、ニッチな天窓愛好家になりつつあった。


そんなシークレット天窓を見つけた数日後、今度は違う駅を利用する機会があった。

その駅はいつもの駅よりもさらに利用客が多く、改札付近は非常に混んでいた。『超巨大流れるプール駅』とでも言うのだろうか(言わない)。

私は駅になだれ込む人の列に自然に入り込み、流れのままにプカプカとホームへ向かい、ホームへ流れつく。

そして電車を待ちながら考える。

この駅の改札の天井は、一体どんなものだったのだろう。

もしかしたらいつもの駅と同じように、天窓があったかもしれない。そこから誰かが覗いていたかもしれない。もしかすると絵が描いてあったかもしれない。上を見た人にしか伝わらない、巧妙なメッセージが書いてあったかも。

私はこの世にあるたくさんの駅の天井が一部分ジャングルでも、プールでも、宇宙人が住んでいても、きっと気付くことなく普通に通り過ぎるのだ。

見ることのない日常の天井を、空想で塗りつぶす。

そんなことをプカプカしつつ考えていたら電車がやってきたので、私はバタ足で急いで電車に乗り込んだ。


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