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すべての人に愛される映画に(映画『シリウスの伝説』公開40周年記念企画③)

1981年7月18日に公開されたサンリオ製作・公開のアニメ映画『シリウスの伝説』は、2021年7月18日をもって公開から満40周年を迎えます。それを記念して、公開当時の文献・雑誌等に書かれた本作に関する記事やコラムの文字起こし、本作を題材にしたミュージカルのレビューなどを、メモリアルデーの7月18日まで数回にわたって掲載いたします。

第三弾は、『キネマ旬報』1981年7月上旬号に掲載された『シリウスの伝説』のプロデューサー・波多野恒正氏のエッセイを掲載いたします。あとがきには筆者楓山が名古屋のサンリオ展で感じたことも綴っていきますね。波多野氏のエッセイの無断転載はご遠慮ください。

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「シリウスの伝説」の製作を終って、スタッフのいなくなったスタジオほど無意味でそれを見るのは実に淋しい思いです。

製作中は早く終らせたい、本当に完成するだろうかと、不安にもなりましたが、こうして終ってみると、やはり製作中の方がずっと楽しいものです。

アニメーション映画は、実写映画の様に監督、撮影、照明、出演者などが一同に会して作業するのとは異なり、各パートの作業が完了して次のパートへと、完全な分業制で行なわれていきますので、各パートをすべて外注にして作業するのも可能なわけです。ところが、この方法だと実に味気なく、各パートのコミュニケーションは制作進行のみによってしか取れず、これもスケジュールに追われると単なる運び屋に終ってしまいます。テレビシリーズならこれも仕方ないと思いますが、お金をとって観せる劇場用アニメーション映画の製作となると、やはり、出来るだけ多くのスタッフを一つ所に集め作業を進めていくのがベストなのではないでしょうか。

私はサンリオに入社するまでは、虫プロ、マッドハウス、東京ムービーなどで制作進行、制作デスクとして、テレビシリーズの制作を手がけて来ましたが、いつも、作品を完成させるという事より、放映に間に合わせるという感じが強く(制作という職種のせいだと思いますが)、一本でもいいから納得の出来るアニメーション創りをしてみたいものだと常々思っておりました。

そんな頃、マッドハウスの出向社員としてサンリオに入社する事になったのですが、もう七年前の事です。サンリオはテレビシリーズは作らず、劇場用アニメーションのみをつくっていくとの事で、これは私にとって大変魅力でした。そしてこの会社なら何か素晴らしい作品が作れそうな気がしたのです。

当時サンリオは、長編アニメーションが作れる体制にはなっておらず、まず基礎作りの為にと、十二、三人のアニメーターで短篇アニメーション「ちいさなジャンボ」の製作から開始したのです。そしてアメリカにスタジオを設立して製作していた「星のオルフェウス」との合作、短篇「バラの花とジョー」、中篇「チリンの鈴」と製作を重ねるたびに、作画班だけであったスタジオに、トレス、ペイント、背景、特殊効果といった様に、社内にスタッフを抱えていき、スタッフ編成と同時にサンリオの製作システム等も確立させ、長編アニメーション製作への地盤を固めていたのです。これは一九七四年から七八年の事です。

またこの「シリウスの伝説」はサンリオのアニメーション映画の中で(人形アニメーションは別にして)日本人スタッフだけで製作された初めての長編アニメーション映画でもあるのです。

前述のとうり、テレビシリーズと数本の短篇しか手がけていない私にとってまったく初めての長編アニメーション映画のプロデュースでり、ただコツコツと、監督ほか多勢のスタッフに助けられて作っていくほかないなかで今、こんな素晴らしい作品が出来上った事は、四年間の基礎作りに始まり、三年もの長い年月をこの作品にかけて来た事、またこれにこたえ続けてくれたスタッフが居てくれたおかげだと思っております。

すべての人達に愛され、たいせつに作られたこの「シリウスの伝説」は、七年間かけて製作されたと言ってもよく、サンリオ・アニメーションの総決算ともいうべき作品なのです。

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サンリオの出版物が並べられた本棚(2021年6月11日撮影、松坂屋名古屋店にて)

先月、松坂屋の名古屋店で開催された「サンリオ展 ニッポンのカワイイ文化60年史」のイベントに足を運んできました。サンリオキャラクターとサンリオのグッズの歴史、いちご新聞の歴史などがわかる貴重なイベントでしたが、サンリオ映画のことは影も形もありませんでした。簡単な説明板すらなく、セル画や絵コンテの展示も行われず、展示物の片隅にサンリオの過去の出版事業(サンリオSF文庫や少女漫画誌『リリカ』など)を紹介するコーナーがあり、それらが並んだ小さな本棚に『シリウスの伝説』の原作本とフィルムブックが置かれているぐらいでした。さらに『いちご新聞』の展示において、映画『星のオルフェウス(1979年)』の製作過程が断片的に綴られているだけで、たったそれだけでサンリオ映画の全容を伝えられるとは、とても思えません。

すなわち、波多野氏が希望にあふれる文体で綴ったように、『シリウスの伝説』が「すべての人に愛される映画」になれたかというと、まったく程遠い結果となってしまいました。

サンリオの映画事業は、「ディズニーの『ファンタジア』に匹敵するアニメーション映画を作りたい」という辻信太郎氏の夢を実現させるため、巨額を投じたにも関わらず採算が合わなかったことからわずか十年ほどで解散。いわば会社の存続と社運をかけた一大プロジェクトだったのに、利益が出せなかったことが原因で、六十年にわたるサンリオ史において事実上の黒歴史扱い、サンリオピューロランドのパレードのモチーフとして取り上げられる以外に、シナモロールのツイートに原作本が登場した程度。せっかく公開から40周年を迎えるというのに、こんな惨めなことはありません。黒歴史だからこそ、目立ってはならないのです。

サンリオ大好き芸人の平井〝ファラオ〟光さんは自身のサンリオ映画評で『ちいさなジャンボ』を取り上げたとき「古いゆえに見つけようとしなければ見つけられない作品である。だから知らないことは仕方ないことだと思う」と評しており、すべての日本国民において、サンリオ映画を知っているのは、サンリオの歴史を探究したいタイプのコアなサンリオファンか、よっぽどのアニメ通ぐらいなのが現状でしょう。

『シリウスの伝説』はこの先、黒歴史を脱却して、ライト層のサンリオファンにも広く知られていく存在となっていくのでしょうか。本作は筆者の一番好きなサンリオ映画作品ですが、一方で少し難しいとも思います。『ビバラバ』や『KAWAII KABUKI』などに代表される、多様性を推し進める近年のサンリオの作風や、性的マイノリティが世間に受け入れられつつある今の時代に反して、制作時期が昭和だったゆえか、従来型の男らしさ・女らしさが使われ、性的マイノリティ差別につながりかねないシーンも存在しているからです。

サンリオ映画が目標にしていたディズニーさえも、『塔の上のラプンツェル(2010年)』のラプンツェルや、『ラーヤと龍の王国』のラーヤのような、武術に長け、異性に守られないプリンセスが主流になっています。マルタやフローレンスのような「恋人に守られるヒロイン」は、一部の人間から見たら、時代遅れに思われてしまうかもしれません。

それでも、辻会長をはじめ、すべてのスタッフが世界中を変えるぐらいの意気込みでアニメを作り続けたという「情熱」だけは、皆さんにもきちんと伝わって欲しいと感じています。筆者自身、もともとそういう思いでこの企画を始めたのですから。

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