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1年ぶりに夫とケンカした。

1年ぶりに夫とケンカした。

原因は、ささいなことだ。

仕事のストレスMAXで病み上がりの夫と、風邪をひきかけた私のイライラが、タイミング悪くぶつかっただけ。

こういうときに、日頃の不満をぶつけ合ったりするんだろうけど、あいにく私には、夫にぶつけたい不満など何もなかった。

でもこのまま口を開けば、不毛な傷つけ合いになる。

そう思って、とっさにパジャマの上にコートを羽織って、家を出た。


冷たい夜の空気の中を歩きながら、前にケンカしたときはもっと寒かったな・・・と思い出す。

あのときは、もっと深夜で、小雨降る御堂筋を、淀屋橋から本町のほうに歩いたのだ。

凍てついて、誰もいない空洞の御堂筋。

イチョウ並木に絡みついたブルーの電飾だけが、慰めるようにどこまでもキラキラと輝いている。

やがて、歩道工事をしている人たちが見えた。

こんな時間に、無人の大通りを涙目で歩いていることがバレないように、目をそらして歩く。

目の前に、短い横断歩道。

青色が点滅し、やがて赤になる。

守っても守らなくても、いい信号。

帰っても帰らなくても、いい家。

私は一体、どこへ行きたいのか。


その日は結局、夫とLINEのやりとりをして、ひと駅も歩き切らずに家に戻った。

まだ1Kの部屋に、ふたりで住んでいたころの話。

ケンカしたら、家を出るしか方法がなかった。


それが今夜は、夫に余計なことを言って傷つけないために、家を出ている。

泣きたい気持ちなどはない。

自分の心が落ち着いて、彼の心が落ち着いた頃に、戻ろうと思っていた。

LINEが来ると、まだ興奮した言葉を返してしまいそうなので、スマホは家に置いてきている。

家のまわりはキラキラとまぶしく、人もたくさん歩いていた。

今、何時だろう。

それすらわからない。

まだそんなに遅くなかったら、電車に乗って本屋に行ってもいいな。

それか、何か食べてしまおうか。

晩ごはんのあとに、決して食べてはいけないもの。


「フライドポテトが食べたい・・・」


今のこの気持ちは、ポテトを食べたらスッキリする気がした。


歩いていると、サイゼリヤの看板が見えた。

夫は大好きだけど、私は決して入らない、サイゼリヤ。


迷わず入った。

近所のサイゼリヤに入るのは初めてだ。

禁煙席の奥で、若い団体が笑い声を上げている。

手前の小さいテーブルには、ひとりごはんの男性が転々と。


団体とは反対側の、奥のソファ席にひとりで座った。

100円のグラスワインと、フライドポテトと、ムール貝を頼む。


スマホを持ってきてないので、ぼーっと前を眺める。

時計は、22時10分を指していた。

ワインを飲みながら、お腹も空いてないのに、ポテトをむしゃむしゃと食べる。

パジャマで出てきたのでコートが脱げないのが、少しきゅうくつだ。


ワイン効果でリラックスしてくると、店内に薄く流れるクリスマスソングが聞こえた。


誰も聞かない、軽やかなクリスマスソング。

私たちの気持ちとは関係なく、月日は流れ、どんどん前へと押し出されていく。

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