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グレイのスーツが似合う男

きんとした真冬の空気の中で私は歩くただ歩く、あてなんてないでもこのピンクと茶色にいろどられたきらきらした街の中で立ち止まるなんてできない、そんなこわいこと。

(そんな怖いこと)

ねえあなたは言ったよね、言いましたよねがんばるあたしが好きだって夢に向かってがんばる姿をずっと応援したいって一番近くで見ててくれると言ったのがあれはそうまだ先週の話でほんとこんなことになってちゃんちゃらおかしいわ。

誰にぶつかったっていい、そう決意して人ごみに逆らっているのにみんなわかってるみたいにすいすい左右にながれてゆく。

せいいっぱいおしゃれして笑顔で武装して友達彼氏彼女子ども配偶者をはべらせて歩いてそんなにたのしいか。そのなかをわたしだけがすっぴんつまり丸腰で行く。

(信号が赤)

街ははいいろ。

はいいろのスーツが似合う人だった。


細くて長いゆびでたばこをもてあそぶように私のこともさわってほしかった。

そのとおりになったらもう愛してる、あいしてるアイシテルしかなくってほかのことはどうでもいい、呼ばれたらすぐに行くだってあなた以外に大切なものなんてないもの。

あの瞬間に、兄弟家族おじいちゃんおばあちゃん友達しごと、ぜんぶぜんぶどうでもよくなったんだ。

「俺は優しいんじゃないよ。優しくしたら、お前が離れないってわかってるだけだよ」

「縛られたら逃げたくなるんでしょ」

ちがうよ縛られたら逃げたくなくなるから、縛られたくないふりをするんだ。

あなたの指が声が呼吸が視線が、ぜんぶぜんぶ私をがんじがらめにしていたのに。

「もうこんなになったら離れられないね」

勇気を出してそういったとき笑って「離れられると思った?」ってその話をしたのがクリスマスのとき。

私が仕事でどろどろになったときも言えばすぐ来てくれて、あなたが出張でいないときはSkypeつなぎながら一緒に寝てくれたよね。

(信号が黄色)

小走りでかけ抜けるようにわたしたちの日々も流れていったけど、ずっと続くと信じてたしもうあなたがいない毎日なんて考えられないし。

なのになんでLINEに出ないの。

さっきからポケットの中で何度も何度も何度もスマホをにぎりしめてちょっとの振動も逃さないようにしてる。
私からはもう何もいわないけどあなたから何か言ってくるならいつでも聞くよ。

今ならまだまにあうのよ。

はやくはやくはやく。

(信号がまた青)

ほらもうどこまでも行けるのわたし、あなたがいないこの街に未練なんてないしほかに大事なものなんてないってもう知ってるし。

なんだったらこのまま車に轢かれたっていいんだよ。

(そうしたら心配して会いに来てくれる?)

なにも考えずに歩いていたはずなのにいつのまにか最後に会った時計のしたに来ていた。

やだやだやだやだ。

思い出すななにもよみがえってくるな記憶。

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