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好きな歌に好きを言いたい 2020/08/01

ホッチキスで止めた傷口まもりつつ今年の夏の忙しいこと
 東直子『青卵』

 関東地方の長い梅雨がきょう、ようやく明けた。朝、寝そべったまま、窓から見える空が青いというのは何てうれしいことだろう。そしてこの歌がふわっと頭に浮かんだ。歌が現実に寄り添ってくれることってあるんだとまたうれしくなった。

 自分で短歌を詠み始める前から大好きな歌で、この歌を引用してショートショートを書いたこともある。けれどこのところちょっと忘れていた。(東さんごめんなさい)

 「ホッチキスで止めた傷口」、傷をホッチキス止めするなんて、随分乱暴な応急処置である。辛うじてつなぎ止めている、いや、本当に止まっているのだろうか? だってさらに自分で傷口を守らなければならない状況なのに。

 『未来』2020.7月号掲載の「とある誤読の話」というエッセイで西村曜さんが「コロナ読み」という話題を挙げておられる。ホッチキスの歌は2001年出版の歌集に入っているので、当然コロナとは全く関係なく作られたものだ。それをわかった上で、やはりこの歌はコロナ読みしてしまう。食い止められているのかどうかわからない感染状況、政治への失望、でも案外区役所あたりはよくやってる気もする。結局は個人個人で何とかしなかればならない、でもいつ自分が感染してもおかしくないし、もしかしたらもう感染してるのかもしれないし、諦めのような気分も既に自分の中にある。

 ところがこの歌の下の句「今年の夏の忙しいこと」は何だか妙に他人事っぽい。傷口のことばかり気にしているちょっと視野の狭くなった私に、離れたところからの視点を与えてくれる。突き放したような言い回しに救われる心地がして、何年か後になって「あの夏はまあ色々あって忙しかったねえ」とぼやけるかもしれない、と少し前向きになれそうだ。

 この歌を御守りにして、今年の夏は今日から始まる。


東直子『青卵』
筑摩書房のページ Amazonのページ


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※上に書いたのとはまた別に、この歌には個人的に馬蝗絆のイメージもつい重ねてしまいます。繊細な青磁の器に、ホッチキスの玉のような補強金具の打ち込まれた、不思議な茶碗です。ぜひリンクから見てください。

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