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父のカード

私の父はカードを作っていた。
景色や建物などをスケッチして、方眼紙にデザインを描いて、紙に印刷して、カッターで切って折る。広げるとその景色や建物が飛び出してくる。いわゆる飛び出すカード。

いつからだろう。私が中学生の頃には、父はもう自分の店を持っていて、はじめは靴下とかコーヒーカップとかを売ったり、コーヒーを出したりするよく分からない店だったが、それがいつからか飛び出すカード屋さんになっていた。高校生以降の私の記憶の中の父は、飛び出すカードを作って売っている人だった。

オランダ坂という比較的観光客の多い場所に、父の店はあった。途中で、100mも離れていないところに店を移ったけれど、どちらも通りに面したガラス窓一面には、父の作ったカードがずらりと並べられていて、足を止めて見ている人も少なくなかった。内側から光をあてられたカードは、ほわんと発光しているようで、カラフルで、どこかあたたかみがあり、きれいだった。そんな店の奥で、父はカードを作っていた。

私が大学進学のために上京したときの父はカード屋さんで、20代後半で戻って来たときには、店はもうなくなっていた。ずっと赤字だよと言っていたので、やめたのか。小さな脳梗塞を起こしたりしていたので、それでやめたのか。いつやめたのか。分からないけれど、いつの間にか父はいつも家にいる人になり、カード屋さんではなくなり、死んだ。

父は持ち物がとても少ない人で、少しの服や薬を処分したら、残ったのはほとんどが紙だった。飛び出すカードに使っていた、色とりどりの紙。段ボールの中に、カード用にA5サイズに切りそろえられた紙がぎっしりと詰められ、グラデーションをなしていた。そのほか、カードを入れる封筒や、デザイン画のファイルなど。父の残した紙は、なかなか捨てられなかった。


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