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幼少期〜中学生

自己紹介を読んでいただきありがとうございます。今回より小分けにして自分の生い立ちをより詳しく深掘りしていきたいと思います。

私は、母親がパートとして働く母子家庭で育ちました。
自分が小さい頃に両親が離婚しているため、父親の顔は覚えておらず詳しいことは分かりません。 昼間は母が仕事していたこともあり、平日は主に一緒に住んでいた祖父母が面倒を見てくれていました。幼少期から比較的活発で、じっとしていられない子供だったと言われています。

小さい頃にキャプテン翼を観てサッカーに興味を持ち、小学3年生でサッカーを始めました。クラブチームではなく、当時通っていた地元の小学校のチームです。

ポジションは最初は右MFやフォワードなど前の方をやっていましたが、学年が上がるにつれて、ボランチやディフェンスをやることが多くなりました。小学生にしては珍しくオフサイドを積極的に取りに行く戦術で、そのためのラインコントロールを任されていました。

小3・4はサッカーが大好きで大好きでたまらなかった時期で、練習が終わっても日が暮れるまで友達とよく居残りでボールを蹴っていたのを覚えています。キャプテン翼に出てくるドライブシュートや技を、よく真似していました(笑)

小5からはサッカーというより、どちらかというとカードゲームやテレビゲームにどハマりしていました。遊戯王カードやNintendo、プレステなどを時間があればずっとやっているような少年でした。スマブラやロックマン、ポケモンなど、大人気のゲームを主にやっていました。


中学入学時には、友達がテニスの王子様の影響で何人かテニス部に入ったので、テニス部に入ろうか、サッカー部に入ろうか迷っていました。結局サッカー部に入ったのですが、ここでテニス部に入っていたら人生は大きく変わっていたと思います。(笑)

中学生の自分はとても内気で、周りと自分からコミュニケーションを積極的に取ろうとはしない子供でした。周りの目ばかり気にしては、目立たないように、友達の輪から外れないように、空気を読みながら毎日を過ごしていたのを覚えています。それがとてもストレスで、人間関係で悩みすぎて一時期円形脱毛症になったこともあります。シャイな上に何でも一人で抱え込んでしまう性格だったので、小さな世界で考え込んでしまっていました。同級生でサッカー部のキャプテンの友達は、誰とでも仲良くコミュニケーションがとれ、学校で一番の人気者でした。女の子からはモテモテ、男友達も多く、そんな彼を羨ましく思ったことが何度もあります。


そんな彼を中学3年生の時に亡くしました。中学2年生の時に病魔に襲われ、闘病の末、帰らぬ人となってしまったのです。今までで一番身近に死を感じた瞬間でした。この時”命”の大切さを実感したと同時に、人生で当たり前のことは当たり前ではないということを感じました。今まで一緒にボールを蹴っていた仲間が、もうこの世に存在しない。とても受け入れ難い現実です。この死は誰にだって起こり得ることだったかもしれない。

今ある自分の命を大切にしよう。彼の分まで頑張って生きよう。

そう強く心に決めたのを覚えています。

この日から、何か辛いことがあった時は、彼のことを思い出しています。
彼と彼の家族のことを思えば、目の前の辛いことなんて何とでもない。

むしろ、

新しい経験ができることに感謝今ある命に感謝

そう思うようになりました。

生きていれば辛いことや気に入らないこともあると思います。
そんな時でも、今ある命を大切にしてほしいです。

今日は、昨日死んだ誰かの”一生懸命生きたかった明日”なのです。



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